高橋清治郎

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高橋 清治郎(たかはし せいじろう、1894年明治27年) - 1957年昭和32年)12月7日)は日本の政治家

経歴[編集]

宮城県玉造郡鳴子町鬼首蟹沢(現在は大崎市)で生まれた。明治大学法学部卒業後、米国ワシントン大学ランドスクールで政治学を専攻。在米8年。帰国後は明治大学教授となった。  

1948年(昭和23年)5月21日に旧宮城2区でおこなわれた第23回衆議院議員補欠選挙民主党から立候補し当選。衆議院議員を2期務めた。 「社会保障の大幅実施」「福祉国家の建設」を唱え戦後の「国民年金制度」創設に尽力した。  

1954年(昭和29年)通商産業国会議員団代表として訪米した。  

1957年(昭和32年)内閣総理府の特命団長として2回にわたりサンフランシスコ講和条約下にある沖縄に派遣され沖縄全土の日本国返還の基礎つくりに関わった。

憲政、議会政治の父と称された尾崎行雄(咢堂)を師と仰いだ。  

没後、正五位勲四等瑞宝章を受けた。

旧鳴子町、川渡村、鬼首村の合併後の初代鳴子町長全国町村会副会長を務めた。  

1987年(昭和62年)出生地・鳴子町に地元有志により立像顕彰碑が建立された。

著書[編集]

  • 『現代政治と其動向 政治家の觀たる』

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