高橋信司 (社会科学者)

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高橋 信司(たかはし のぶし[1]、1899年[1] - 1971年[注釈 1])は、日本の社会科学者同志社大学法学部卒業、高知短期大学名誉教授。専門は政治史[3]:30・政治思想史・比較憲法[3]:30

経歴[編集]

同志社大学法学部で、高木庄太郎に政治史を学ぶ[4]:63。1924年(大正13年)[5]:54、法学部を卒業。同志社大学法学部で政治史の講師を務める[6]:29

1928年(昭和3年)から1929年(昭和4年)にかけ、同志社で法学部教授会理事会津下紋太郎西村金三郎ら)との対立が生じた際に、高橋貞三講師とともに学生新聞で理事会を激しい言葉で批判した[3]:60。理事会から「自発的辞表」提出を要求され、能勢克雄教授とともに解任させられた[7]:139[6]:29。これに対して法学部教授会は連名で理事会を批判した[7]:139-140

1958年、『土佐藩憲政思想成立史』で同志社大学より法学博士号を授与される[8]。同著作は高知市民図書館より「市民叢書」の一冊として刊行された。

1959年、高知短期大学高知女子大学の公開講座から派生し1952年に設立された夜間短期大学)に「学長代理」の職が設けられた際に、初代学長代理に就任[9]

おもな著作[編集]

  • 『政治学序説』(三和書房、1952年)
  • 『社会科学概論』(高知市立市民図書館、1958年)
  • 『土佐藩憲政思想成立史』(高知市立市民図書館、1958年)[1]
  • 高橋信司(著)・高知短期大学社会科学会(編)『或る社会科学者の生涯 : 高橋信司自伝』(高知短期大学社会科学会、1972年)

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ VIAFでは1971年没としている。1972年8月に高知短期大学より刊行された『社会科学論集』第25号が「高橋信司名誉教授追悼号」である[2]

出典[編集]

  1. ^ a b c d 高橋, 信司, 1899-”. 国立国会図書館典拠データ検索・提供サービス. 国立国会図書館典拠データ検索・提供サービス. 2021年5月6日閲覧。
  2. ^ 『社会科学論集』総目次”. 高知短期大学. 2021年5月6日閲覧。
  3. ^ a b c d 西田毅・脇圭平・上田健二ほか「戦時下の同志社と私 : 田畑忍先生に聞く(一)」『同志社法學』第31巻第1号、1979年、2021年5月6日閲覧。
  4. ^ a b 田畑忍「同志社人物誌(19) 高木庄太郎」『同志社時報』第20号、1966年、2021年5月6日閲覧。
  5. ^ a b 高橋信司「同志社人物誌(27) 片岡健吉」『同志社時報』第31号、1968年、2021年5月6日閲覧。
  6. ^ a b c 井ヶ田良治「同志社人物誌(80) 平和と憲法のひと 田畑 忍」『同志社時報』第106号、1998年、2021年5月6日閲覧。
  7. ^ a b c 平山玄「同志社人物誌(55) 西村金三郎」『同志社時報』第78号、1985年、2021年5月6日閲覧。
  8. ^ a b 土佐藩憲政思想成立史”. CiNii 博士論文検索. 国立情報学研究所. 2021年5月6日閲覧。
  9. ^ 沿革・組織”. 高知短期大学. 2021年5月6日閲覧。