高校百校新設計画

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高校百校新設計画(こうこうひゃっこうしんせつけいかく)とは、神奈川県で実施された学校建設計画である。一般に百校計画と称される。

経緯[編集]

神奈川県では、元より中学校卒業者に対する公立高等学校、特に普通科公立校の数が極端に少なく、1970年代からの公立中学校卒業者の急増と高校進学率の上昇に対処できなかった。そこで「15の春を泣かせるな」をスローガンに高校百校新設計画が策定され、高校への進学機会の確保を図ることになった。

新設された高校[編集]

★印は、校地が新校に継承された学校

結果[編集]

上記の通り、藤沢工業以外は全て普通科高校として新設されたため、専門学科との数の上でのバランスを著しく欠くことになった。結果として、普通科高校の授業についていくだけの意欲、学力が伴っていない者までが入学することになり、多くの教育困難校が生まれることになった。また、新設校の多くは、将来的な養護施設などへの転用を見据えて簡素な設備しか持たず、「学校としての魅力」に欠けていると見る向きもあった。

さらに、1980年代になると、ア・テスト内申点による、いわゆる「輪切り」進路指導の徹底や、学区の縮小(1981年)などにより、学校選択の自由がより制限されるようになったことや、百校計画によって突出した公立の進学校が存在しなくなったことも相まって、公立高校の地盤沈下が目立った。相対的に、一部私立高校が躍進することになった。

2000年代になり、神奈川県において県立高校の統廃合が進められているが、対象校の多くは百校計画によって新設されたものである。

参考文献[編集]

  • 『公立or私立神奈川の教育を考える』(読売新聞社横浜支局)
  • 『伸びゆけ若者たち 高校百校計画達成の軌跡』(神奈川県教育庁)

関連項目[編集]