髙島屋

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株式会社髙島屋
Takashimaya Company, Limited
Takashimaya-Logo.svg
Namba Station.JPG
大阪店南海ビルディング
種類 株式会社 (日本)
市場情報
東証1部 8233
1949年5月16日上場
大証1部(廃止) 8233
1949年5月14日 - 2013年7月12日
略称 タカシマヤ、Takashimaya
本社所在地 日本の旗 日本
542-8510[1]
大阪府大阪市中央区難波五丁目1番5号
(南海ビルディング)[1]
設立 1919年8月20日
(株式会社高島屋呉服店)[1]
業種 小売業
法人番号 5120001077467 ウィキデータを編集
事業内容 百貨店業、建装事業、不動産業、
金融リース業 他
代表者 鈴木弘治代表取締役会長
村田善郎(代表取締役社長
資本金 660億2,500万円
(2020年2月28日現在)
発行済株式総数 1億7,775万9,481株
(2020年2月28日現在)
売上高 連結:9,190億9,400万円
単独:7,222億3,600万円
(2020年2月期)
営業利益 連結:255億8,200万円
単独:39億2,800万円
(2020年2月期)
純利益 連結:160億2,800万円
単独:92億9,600万円
(2020年2月期)
純資産 連結:4,558億7,100万円
単独:2,688億6,800万円
(2020年2月28日現在)
総資産 連結:1兆1,685億300万円
単独:8,128億3,500万円
(2020年2月28日現在)
従業員数 連結:7,825名
単独:4,631名
(2020年2月28日現在)
決算期 2月末日
会計監査人 有限責任あずさ監査法人
主要株主 日本トラスティ・サービス信託銀行(株)(信託口)(10.44%)
H2Oリテイリング(株)(9.31%)
日本マスタートラスト信託銀行(株)(信託口)(6.09%)
日本生命保険相互会社(2.79%)
髙島屋共栄会(1.94%)
相鉄ホールディングス(株)(1.35%)
(2015年2月28日現在)
主要子会社 髙島屋スペースクリエイツ株式会社(100%)
東神開発株式会社(100%)
髙島屋ファイナンシャル・パートナーズ株式会社(67%)
関係する人物 初代飯田新七(創業者)
飯田慶三
飯田新一
石原一子
木本茂
外部リンク www.takashimaya.co.jp
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株式会社髙島屋[1](たかしまや、: Takashimaya Company, Limited)は、大阪府大阪市中央区難波に本社を置く、京都呉服店を起源とする老舗百貨店難波にある大阪店は同社の登記上の本店である。日経平均株価の構成銘柄の一つ[2]

日本百貨店協会に加盟しており、ハイランドグループを主宰している。ロゴでは「」の字にいわゆる「はしご高()」の字体を用いている。

概要[編集]

1831年天保2年)、京都飯田新七古着木綿商を開き、義父の飯田儀兵衛の出身地である近江国高島郡(現・滋賀県高島市)から髙島屋と名付けた。

明治期の半ばから貿易業に参入する[3]1919年には株式会社髙島屋呉服店として、当時の目抜き通りであった大阪市堺筋長堀橋に長堀店を構える。大阪市によって御堂筋が大阪のメインストリートとして整備されるのに合わせ、1932年には南海難波駅駅ビルである南海ビルディングのメインテナント(ターミナルデパート)として南海店を開店した(のちに長堀店を閉店し、南海店に統合して大阪店に改称)。翌1933年には東京日本橋に日本橋店を開店した。

第二次世界大戦終戦後は、相模鉄道(相鉄)と合弁し、横浜駅西口再開発事業により建設された駅ビル・相鉄ジョイナスキーテナントとして、1959年に横浜髙島屋を開店。1969年には二子玉川駅西口にショッピングセンター業態の玉川髙島屋S・Cを開業しており、これは日本初の郊外型ショッピングセンターとして知られる。JR東海や高島屋などが出資して、2000年JRセントラルタワーズ(名古屋駅ビル)の核テナントとしてジェイアール名古屋タカシマヤが開業した。

シンボルとしてバラの花を採用しており、「バラの包みの髙島屋」として包装紙や紙袋などに用いている[注釈 1]

2019年度において、大阪店、日本橋店、横浜店、ジェイアール名古屋タカシマヤの売上高は1,000億円を超える。1,000億円超えの店舗数では大手百貨店グループの中でもっとも多く、大型店が多いのが特徴である。ジェイアール名古屋タカシマヤは2000年開店と比較的新しい店舗ではあるが、巨大ターミナル駅名古屋駅直結という高い利便性から、松坂屋を抜いて名古屋の地域一番店としての地位を獲得。現在では全国の百貨店の店舗別売上高において第4位にまで成長し、直営店ではないものの髙島屋の店舗の中でもっとも売上高が大きい。大阪に本店を置き、関西を地盤とする大手百貨店であるが、大阪店以外にも首都圏では日本橋店や横浜店、中京圏ではジェイアール名古屋タカシマヤなど高い売上高を誇る店舗を全国に複数持つため、関西に留まらず全国的に高い知名度を誇る。

近年は、中国の大手旅行会社と提携して大阪店を中心にインバウンド需要を取り込んだり[4]、近年百貨店業界で主流になりつつある百貨店内におけるショッピングセンター化を行ったりするなど[5]、従来の百貨店のあり方を見直している。

同社は、関係の深い地方百貨店と提携しているハイランドグループという百貨店共同体の中核企業である。ただし、グループ各社との間では、業務提携関係は有するものの、資本関係を持つものではない。なお、髙島屋自身は、三水会みどり会三和グループ)の会員企業だが、ハイランドグループ自体は、三和グループとは別である。

百貨店業界において、J.フロントリテイリング大丸・松坂屋)や三越伊勢丹ホールディングスエイチ・ツー・オー リテイリング(阪急阪神百貨店)の発足といった再編が進む中、同社は、独立系百貨店である。2008年10月に、関西を基盤とする電鉄系百貨店の阪急阪神百貨店(阪急百貨店阪神百貨店)を傘下に持つエイチ・ツー・オー リテイリングとの間で資本・業務提携をした。その際、2011年4月を目処に経営統合まで行う予定であったが、2010年3月25日に、経営統合を撤回して業務提携にとどめることを正式発表した。

大手百貨店グループの中では三越伊勢丹ホールディングス(1兆2,872億円)、J.フロント リテイリング(1兆1,635億円)に次ぐ日本3位の売上げを誇り、独立系百貨店としては最大である[6][信頼性要検証]

沿革[編集]

髙島屋呉服店配達部の法被を羽織った英国王エドワード8世(中)とルイス・マウントバッテン(右)(1922年

直営店[編集]

近畿[編集]

大阪店[編集]

髙島屋大阪店
Takashimaya Osaka
Nankai namba station03s3872.jpg
大阪店:増床工事実施前のもの
店舗概要
所在地

542-8510[1]
大阪府大阪市中央区難波5丁目1番5号[1]

北緯34度39分53.55秒 東経135度30分3.44秒 / 北緯34.6648750度 東経135.5009556度 / 34.6648750; 135.5009556
正式名称 髙島屋大阪店
建物名称 南海ビルディング
施設所有者 南海電気鉄道
施設管理者 株式会社髙島屋
商業施設面積 76,000 m²
前身 髙島屋大阪南海店(大阪長堀店閉店まで)
最寄駅 南海本線難波駅
大阪メトロ難波駅
大阪難波駅[24]
外部リンク 公式サイト
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南海電気鉄道が所有する[25] 難波駅の南海ビルディングに出店するターミナルデパートで、目抜き通り御堂筋の南端に位置する。開店当時は南海難波駅も同じ建物内に入居していたが、戦後の改装時に難波駅自体が和歌山方にずらされ[26]、現在は髙島屋のみが入居している。
登記上の本店であるが、髙島屋では「本店・支店」の呼称は用いていない。
売上高においては、1952年(昭和27年)2月期を最後に日本橋店や横浜店の後塵を拝してきた。しかし、近年の旺盛なインバウンド消費に合わせて売上高が伸長している。その結果、2018年(平成30年)2月期の売上高は年間売上高1,414億円となり、66年ぶりに全店舗(ジェイアール名古屋タカシマヤを除く)の中で首位に立った[27]。これは対前年比+8.8%。店舗別売上高は業界全体で全国6位。大丸心斎橋店も上回り、心斎橋を含めてミナミにおける地域一番店である。
当店の沿革[編集]
  • 1898年6月1日、心斎橋筋・三ツ寺筋交差点北東角に開業。
  • 1922年9月20日、長堀橋筋(堺筋)・鰻谷南通交差点南東角に移転。御堂筋の整備前は堺筋が大阪のメインストリートであった。後のアルテビル長堀橋。 2007年解体済。
  • 1932年7月15日、南海店開店[11]。大阪市によって御堂筋が目抜き通りとして整備されるのに合わせて現在地の南海難波駅ビルディングに移転した[11]。当時としては珍しく全館冷暖房完備であった。開業当初は「南海タカシマヤ」と呼称[11]
  • 1938年、食堂を開設。
  • 1939年2月1日、長堀店を閉店し南海店に統合。以降、南海店を大阪店と呼称。
  • 1968年堺筋日本橋(浪速区)から天満橋へ1966年に移転した松坂屋大阪店の旧店舗を竹中工務店より借用し、東別館として使用開始。外観や階段などは1928年から1937年の建設当時のままである。
  • 1969年、竹中工務店より東別館の建物を取得。
  • 1970年、大阪店に併設して企業博物館「髙島屋史料館」を東別館に開設。
  • 2011年3月、全館リニューアル。
  • 2021年8月、東別館が重要文化財に指定。

堺店[編集]

  • 大阪府堺市堺区三国ヶ丘御幸通59[1] 南海堺東ビル
南海高野線堺東駅に併設。
売場面積17,692m2
  • 1964年10月4日、大阪店の支店として開店[19]
  • 2017年3月、大阪店から独立。単独店舗として計上されている。

泉北店[編集]

泉北店が入居する「パンジョ
泉北高速鉄道泉ヶ丘駅前。泉北高速鉄道の子会社が運営するショッピングセンター「パンジョ[28] に出店。
売場面積21,349m2
  • 1974年3月1日、「株式会社泉北髙島屋」を設立。1974年11月15日開店。
  • 1995年、株式会社髙島屋が株式会社泉北髙島屋を吸収合併。

京都店[編集]

京都店
1932年以前の京都店(下)
阪急京都線京都河原町駅地下直結。ビルの一部を阪急阪神東宝グループが所有。
髙島屋創業の地である京都の店舗。京都市の中心繁華街である四条河原町に立地し、京都市内最大の売上を誇る地域一番店である。
売場面積61,316m2
年間売上高881億円(2018年)。対前年比+3.9%。[要出典]
  • 1831年、京都烏丸松原に創業。
  • 1912年6月1日、烏丸高辻(現・京都銀行本店)に新築移転。
  • 1937年(昭和12年)3月、地下工事を着工[29]1937年(昭和12年)3月に鉄鋼工作物築造許可規制の適用を受け、鉄材は供出させられた[29]1938年(昭和13年)秋完成予定で着工したが、正面玄関左横の土地の一部が買収できなかったため、建物の外観は凹んだ歪な形をしている。
  • 1948年10月1日、現在地に移転。
  • 2023年をめどに、隣接地への増床を計画中[30]
洛西店[編集]
阪急京都線洛西口駅より京都市バス「洛西バスターミナル」下車すぐ。
売場面積7,000m2
京都店の売上・入店客数は、洛西店を含めた数値が計上・発表される。
  • 1982年4月16日、京都店の支店として開店。

関東[編集]

日本橋店[編集]

日本橋店(日本橋髙島屋 S.C.)
Nihombashi Takashimaya Shopping Center[31]
2019 Takashimaya Nihonbashi 02.jpg
日本橋店(日本橋髙島屋S.C.)
店舗概要
所在地

103-8265
東京都中央区日本橋2丁目4番1号[32]

北緯35度40分51.5秒 東経139度46分24.9秒 / 北緯35.680972度 東経139.773583度 / 35.680972; 139.773583
正式名称 髙島屋日本橋店
施設管理者 株式会社髙島屋
最寄駅 東京駅
日本橋[33]
外部リンク 公式サイト
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東京メトロ 銀座線 日本橋駅 B1出口。
売場面積50,481m2
通称は日本橋高島屋髙島屋の象徴店舗フラッグシップストア)として位置づけられている。[要出典]
本館の建物は1932年に完成。日本生命所有のビルで[12]高橋貞太郎が設計、大林組施工。当時としては珍しく、前年の1932年に完成した南海店(現・大阪店)と同様に全館冷暖房完備であった。1階と2階の吹き抜け部分には大理石が用いられ、現在でも案内係(エレベーターガール)が手動で操作を行うレトロなエレベーターを使用している[34]。戦後、村野藤吾による設計で増築されて現在の本館が完成した。
本館の建物は重要文化財に指定されている。要予約であるが無料で、日本橋高島屋重要文化財見学ツアーを申し込むことができる[35]
年間売上高1,342億円(2018年)。対前年比+1.0%。店舗別売上高 全国7位。[要出典]大阪店に次ぐ売上高であり、関東の高島屋の店舗の中では最大である。また日本橋エリアでは、売上高において三越日本橋本店に次ぐ地区2位である。[要出典]
  • 1890年日本橋本石町に「たかしまや東京出張所」設置[36]
  • 1900年11月23日、「京都髙島屋飯田新七東京店」を京橋区西紺屋町に開店。
  • 1916年12月1日、京橋区南伝馬町の大通り沿いに木造3階建て店舗新築、移転[8]
  • 1923年9月1日関東大震災により全焼。1か月後、千代田生命ビル仮店舗で営業再開。
  • 1927年9月15日、東京店(南伝馬町)再建[37]
  • 1932年12月24日東京地下鉄道(現・東京メトロ銀座線)の日本橋駅が開業。髙島屋の地下フロアと直結しており、駅の建設費用を髙島屋が負担した[34]
  • 1933年3月20日、現在地(当時は東京市日本橋区通二丁目)へ移転[12]
  • 2009年、本館が国の重要文化財に百貨店建築として初めて指定された[38][広報 3]
  • 2012年9月1日、店舗の正式名称を東京店から「日本橋店」に改称・統一(本館の重要文化財の指定名称は変更せず)。
  • 2013年3月、日本橋店の再開発計画を発表[39]。一時は増床のために本館の建て替え計画が検討されていたが、2009年に重要文化財に指定されたため、代わって2014年より「日本橋二丁目地区第一種市街地再開発事業」として日本橋を本拠地とする三井不動産と協力して新館と北別館を建て替えたうえ、本館の東側と北側の再開発ビル内に新たな新館(これまでの新館は「東館」、北別館は「新館」となる)を建設して、本館に設定されている空中権を活かして約62,000m2に増床し、2018年度中に開業させる計画が明らかになった[39]
  • 2015年10月7日、時計専門館「タカシマヤ ウオッチメゾン 東京・日本橋」を、三菱UFJ信託銀行日本橋支店(旧・日本信託銀行本店)跡地のスターツ日本橋ビルに開業。
  • 2017年10月10日、増床後の店舗を「日本橋髙島屋 S.C.」として2018年9月に開業予定と発表。
  • 2018年3月14日、東館(太陽生命日本橋ビル)を先行開業。同年5月28日に新館および本館ガレリアの開業日を発表。
  • 2018年9月25日、新館(日本橋髙島屋三井ビルディング)および本館ガレリアの開業によって「日本橋髙島屋 S.C.」が開業[40]
  • 2019年3月5日、本館の改装により「日本橋髙島屋 S.C.」が全面開業。あわせて、本館内に大阪の髙島屋史料館の分館となる「髙島屋史料館TOKYO」が開館。

新宿店[編集]

JR新宿駅新南口に直結し、バスタ新宿に隣接。
通称は新宿高島屋(タカシマヤ)
売場面積53,946m2
タカシマヤタイムズスクエアは、百貨店の「新宿高島屋」を核店舗として、東急ハンズユニクロニトリといった専門店や劇場などで構成される複合商業施設である。
タイムズスクエアビルは、国鉄清算事業団が貨物操車場跡地を再開発したビルで、2006年まではレールシティ東開発との賃貸契約[41] で、年間120億円の賃料を支払っていたため大幅な赤字を出していた。契約期間満了に際して一部を自社物件化したため負担は減少した。てこ入れを図るため1,000億円を投資し、2007年春に全面改装を行った。
新線新宿駅京王新線)には近いものの、京王線小田急線の新宿駅改札口からは幾分離れている。2008年東京メトロ副都心線新宿三丁目駅開業(店舗寄りの明治通り直下)にともない、地下連絡通路が設けられた。
年間売上高733億円(2018年)。対前年比 +3.5%。[要出典]新宿地区では伊勢丹新宿店、小田急百貨店新宿店、京王百貨店新宿店に次ぐ売上である。[要出典]

玉川店[編集]

玉川店(玉川髙島屋S.C.)
東急田園都市線二子玉川駅西口。
売場面積24,012m2
日本で初めての本格的な郊外型ショッピングセンターとして開業した[42][43]とされる。
なお、それ以前にもSC形態の店舗として、米国占領下の沖縄1954年に「プラザハウスショッピングセンター」が開業。1964年には大阪府豊中市ダイエー庄内店が開業した。また1968年4月に大阪府岸和田市イズミヤ岸和田店が開業、1968年7月には大阪府堺市でイズミヤ百舌鳥SCが開業[44]している。これらのことから、「日本初の郊外型SC」かについては諸説ある。
  • 1969年11月1日、「日本の豊かな郊外の幕開け」のキャッチフレーズを掲げ、株式会社横浜髙島屋により横浜店の支店として開店。開店当時は百貨店の「玉川髙島屋」を核店舗として、125の専門店が出店した。
    1995年、株式会社髙島屋が株式会社横浜髙島屋を吸収合併。横浜店から独立。

立川店[編集]

立川店(立川髙島屋S.C.)
立川駅または多摩都市モノレール線立川北駅
売場面積25,160m2
事業主体は髙島屋と東神開発株式会社[47][48]
伊勢丹立川店2001年に立川駅寄りの旧店舗付近に拡張移転してきたため、売上は地区2位に転落した。[要出典]
  • 1960年12月24日、のちの立川髙島屋となる株式会社東京ストアを設立。
  • 1961年、立川ビルディング「銀座デパート」に「髙島屋 東京ストアー」が入居。
  • 1970年1月13日、株式会社東京ストアを「株式会社立川髙島屋」と改称して設立。
  • 1970年6月5日、百貨店として立川髙島屋を開店(立川駅北口、現在のみずほ銀行立川支店の東側)。
  • 1983年3月、株式会社大宮柏髙島屋・株式会社高崎髙島屋(旧社)と合併し「株式会社関東髙島屋」を設立。
  • 1990年、株式会社髙島屋が株式会社関東髙島屋を吸収合併。
  • 1995年3月1日、立川駅北口の米軍立川基地跡地再開発事業により、現在地に移転。
  • 2018年10月11日、ショッピングセンター「立川髙島屋S.C.」へ業態転換[46][48]。4・5階にニトリ、6階にジュンク堂書店、7階にIDC大塚家具が出店[46]。ほとんどが専門店街のテナントとなり、髙島屋の百貨店としての売場は地下1階(食料品)、1階(化粧品・宝飾品)、3階(婦人服・婦人雑貨)のみに縮小された[46]

横浜店[編集]

横浜店
通称は横浜高島屋(タカシマヤ)横浜駅西口の駅ビル・相鉄ジョイナスの核テナントであり、駅直結のターミナルデパート。
売場面積53,950m2
相模鉄道との共同出資により出店。多店舗展開にあたり、地元対策も兼ねた地域分社化により子会社が出店した最初の店舗である。
相模鉄道は当初、直営百貨店の建設や三越の誘致を検討していたが、三越に打診したところ断られた[49] ため、髙島屋を誘致した。三越は結局1973年に横浜駅西口へ横浜三越を出店した(現・ヨドバシ横浜)。
年間売上高1,316億円(2018年)。対前年比+1.7%。店舗別売上高 全国8位。[要出典]神奈川県内および横浜市内で1位。[要出典]売場面積では横浜駅東口に位置するそごう横浜店を下回るが、売上では髙島屋横浜店が上回り地域一番店である。[要出典]
タカシマヤフードメゾン新横浜店[編集]
キュービックプラザ新横浜は、JR東海が開発した新横浜駅の複合駅ビル
売場面積2,500m2
横浜店の分店で、食料品販売を主体とする店舗。
横浜店の売上・入店客数は、タカシマヤフードメゾン新横浜店を含めた数値が計上・発表される。タカシマヤスタイルメゾン海老名店(閉店)も同様の扱いであった。
  • 2008年3月26日、キュービックプラザ新横浜の開業と同日に核店舗として開店。

大宮店[編集]

大宮店
大宮駅東口駅前。
売場面積17,300m2
2020年2月期の売上高は94億42百万円[56]で、大宮地区では二番手(競合するそごう大宮店の売上高は、同時期で312億93百万円[57])。
近隣の大宮ロフトが2013年4月24日に閉店したため、同年5月8日より地下2階にABCクッキングスタジオが、6月21日より7階にジュンク堂書店が移転してきた。また、2014年5月26日より三井住友信託銀行大宮駅前支店が、2015年1月19日より同行大宮支店が店舗内同居方式店舗として移転してきた。その後、ABCクッキングスタジオは2018年9月30日に閉鎖し、ルミネ大宮教室(2018年1月8日にいったん閉鎖後、同年9月13日に再開)へ統合された。ABCクッキングスタジオ退去後の区画には、同年12月7日に匠大塚が開店(2021年5月31日に閉店)した。
  • 1968年7月13日、「株式会社大宮髙島屋」を設立。
  • 1970年11月2日、大宮髙島屋が開店[58]
  • 1975年3月1日、柏と合併して「株式会社大宮柏髙島屋」を設立。
  • 1983年3月、立川・高崎(旧社)と合併して「株式会社関東髙島屋」を設立[59]
  • 1990年、株式会社関東髙島屋を吸収合併。

柏店[編集]

柏店(本館髙島屋)
柏駅西口直結のターミナルデパート。
売場面積は、髙島屋単独では本館18,860m2+S館髙島屋8,650m2の合計で27,510m2、柏髙島屋ステーションモール全体(S館専門店[注釈 3]16,300m2、新館7,000m2を含めた4館)で50,810m2
  • 1971年7月17日、東武鉄道との提携により「株式会社柏髙島屋」を設立[59]
  • 1973年11月2日、開店。
  • 1975年3月1日、株式会社大宮髙島屋と合併し「株式会社大宮柏髙島屋」を設立。
  • 1979年11月、専門店ビル「柏ローズタウン」開業(現・S館専門店、S館髙島屋)。運営は京葉興業株式会社。
  • 1983年、東神開発株式会社が京葉興業を吸収合併。
  • 1983年3月、株式会社立川髙島屋、株式会社高崎髙島屋(旧社)と合併し「株式会社関東髙島屋」を設立。
  • 1990年、株式会社髙島屋が株式会社関東髙島屋を吸収合併。
  • 1992年4月23日、柏ローズタウンを増築して「柏髙島屋ステーションモール」と改称し、リニューアルオープン[60]
    2008年10月1日、ステーションモール新館がオープン[61]
タカシマヤフードメゾンおおたかの森店[編集]
つくばエクスプレス/東武野田線流山おおたかの森駅前。
売場面積3,500m2
柏店の売上・入店客数は、タカシマヤフードメゾンおおたかの森店を含めた数値が計上・発表される。
流山おおたかの森 S・Cは、東神開発が開発・運営している。
  • 2007年3月12日[62]、流山おおたかの森 S・Cと同時に開店[63]。柏店の分店で、食料品販売を主体とする店舗。

連結子会社の百貨店[編集]

高崎店
2017年に高崎駅・高崎OPAペデストリアンデッキが設置される前
株式会社高崎髙島屋(高崎店)
JR東日本・上信電鉄高崎駅西口。
地上6階・地下3階建てで、売場面積19,346m2
  • 1972年11月10日、「株式会社高崎髙島屋」(旧社)を設立。
  • 1977年10月1日、開店。
  • 1983年3月、株式会社立川髙島屋、株式会社大宮髙島屋、株式会社柏と合併し「株式会社関東髙島屋」を設立。
  • 1990年、株式会社髙島屋が株式会社関東髙島屋を吸収合併。
  • 2004年、再分社化。株式会社高崎髙島屋(2代)となる。
岐阜店
株式会社岐阜髙島屋(岐阜店)
岐阜バス 柳バス「髙島屋前」下車。
売場面積23,924m2
当初は大垣市ハイランドグループ加盟百貨店であるヤナゲンとの合弁で計画されたが、最終的には髙島屋単独で開店した。そのヤナゲンが2019年9月28日をもって閉店したため、岐阜県内唯一の百貨店となっている。
  • 1974年8月28日、「株式会社ヤナゲン髙島屋」を設立。
  • 1976年10月8日、ヤナゲン髙島屋が「株式会社岐阜髙島屋」(旧社)へ改称。
  • 1977年9月23日、開店。
  • 1995年、吸収合併。
  • 2004年、再分社化。株式会社岐阜髙島屋(2代)となる。
株式会社岡山髙島屋(岡山店)
岡山駅東口。中四国最大規模の地下街である岡山一番街に直結。
売場面積19,493m2
開店以来、両備グループが物流とレストラン営業に携わっている[広報 4]。開店以来、岡山表町商店街にある地元の天満屋(バスセンター併設)の売上を下回っており、さらに消費の低迷により採算が悪化した。このため分社化され、株式の一部を両備ホールディングスが取得し、赤字を脱却した。
  • 1971年4月1日、「株式会社岡山髙島屋」(旧社)を設立。
  • 1973年5月19日、山陽新幹線岡山駅開業の翌年に開店。
  • 1995年、吸収合併。
  • 2004年、再分社化。
    タカシマヤフードメゾン岡山店が営業していた期間は、岡山店の売上・入店客数に、タカシマヤフードメゾン岡山店を含めた数値が計上・発表されていた。

グループ企業の百貨店[編集]

ジェイアール名古屋タカシマヤ
ジェイアール名古屋タカシマヤ
いよてつ髙島屋(愛媛県松山市)
いよてつ髙島屋(愛媛県松山市)
サイアム髙島屋(バンコク)
サイアム髙島屋(バンコク)

国内2社[編集]

ジェイアール名古屋タカシマヤ
店舗面積55,429m2
年間売上高1,557億円(2018年)。対前年比+21.1%(タカシマヤゲートタワーモールを開業した影響)[要出典]店舗別売上高は全国4位。愛知県内および名古屋市内で最大の売上を誇る百貨店である。[要出典]
いよてつ髙島屋
株式会社伊予鉄髙島屋が運営。同社は支店として、三島店、新居浜店、西条店、今治店、大洲店、八幡浜店、宇和島店、南宇和店 [広報 5] を有する。
  • 1969年9月1日、「伊予鉄百貨店」を設立[66]
  • 1971年7月5日、「いよてつそごう」を開店[66]
  • 2000年12月25日、そごう経営破綻により提携解消を決定。
  • 2001年2月、髙島屋ハイランドグループに加盟。同年6月1日、株式会社伊予鉄百貨店へ社名変更。
  • 2002年3月1日、髙島屋との資本提携により「株式会社伊予鉄髙島屋」へ社名変更。

海外4社[編集]

上海髙島屋
上海高岛屋百货有限公司(Shanghai Takashimaya co.ltd)が運営。75%出資合弁企業。
地下1階・地上7階、売場面積は約40.000m2
  • 2012年12月19日、開店。
  • 2019年8月25日に閉店を予定し、子会社の上海髙島屋百貨有限公司も解散清算を実施する予定だったが、閉店2日前の8月23日になって閉店を撤回した。
タカシマヤ・シンガポール
タカシマヤ・シンガポール(Takashimaya Singapore Ltd)が運営。
  • 1993年10月8日開業。
ホーチミン髙島屋
2016年7月30日、サイゴンセンターの核テナントとして開業。
サイアム髙島屋
タイ王国バンコク市内のチャオプラヤー川西岸。BTSゴールドラインタイ語版英語版チャルンナコーン駅直結。
大型複合施設アイコンサイアムタイ語版英語版の核テナントとして入居。
地下3階・地上4階、売場面積は約25.000m2
サイアム タカシマヤ(タイランド)CO., LTD.が運営[67]
  • 2018年11月10日開業。

商標ライセンス等の締結で引き続き髙島屋を名乗る百貨店[編集]

国内[編集]

JU米子タカシマヤ
JU米子タカシマヤ
株式会社米子髙島屋が運営。
境線富士見町駅より徒歩数分。
米子駅発着の路線バスでは、日本交通日ノ丸自動車の「髙島屋前」または「公会堂前」停留所下車[注釈 4]
売場面積16,407m2
  • 1961年5月22日、「株式会社米子髙島屋」(旧社)を設立。
  • 1964年4月1日、開店[18]啓成小学校跡)。
  • 1995年、吸収合併。
  • 2003年、再分社化。
  • 2019年10月11日、髙島屋が所有する全株式を、東館(2018年閉鎖)の再開発を手がけた地元企業のジョイアーバンに、2020年3月1日付で譲渡することを発表。これにより髙島屋との資本関係はなくなるものの、ジョイアーバンは商標や商品調達支援を盛り込んだ営業協力契約を締結[68]
  • 2020年3月1日、株式譲渡。同日より「JU米子タカシマヤ」(JU=ジョイアーバン〈JOY URBAN〉)に改称し、ジョイアーバンが店舗運営を開始した。髙島屋は新たな販売部長をJU米子タカシマヤに派遣するなど人員面でも支援する。

海外[編集]

大葉髙島屋
大葉高島屋股份有限公司(Dayeh Takashimaya co.ltd)が運営。ダイハツプジョーと技術提携する自動車メーカー・羽田機械50%出資の合弁会社[69]
台湾の天母に立地。国立故宮博物院台北日本人学校に近接する。
  • 1992年3月、会社設立。
  • 1994年7月9日、店舗開業[70]
  • 2000年、統一超商(台湾でセブン-イレブンを展開する統一企業のグループ会社)も出資。
  • 2004年、信義地区に2号店「統一高島屋」を建設する計画があったが破談になり、統一は阪急百貨店と提携で「統一阪急百貨」を開業した。
  • 2016年5月16日、高島屋は保有する大葉髙島屋百貨の全株式を、大葉開発に譲渡すると発表した。これにより大葉髙島屋との資本関係はなくなるものの、新たに商標等ライセンス契約を締結し、大葉髙島屋の名称を引き続き使用する(遠東SOGOと同様)。

百貨店業以外の店舗・施設[編集]

日本[編集]

東神開発[編集]

博多リバレインモール by TAKASHIMAYA

海外[編集]

過去に存在した店舗[編集]

国内[編集]

津田沼髙島屋(津田沼店)
株式会社津田沼髙島屋が運営。
売場面積約12,000m2[71]
習志野市の津田沼駅南口再開発事業により建設された複合商業施設「サンペデック」にダイエー津田沼店と共に入居(2核)。建物は日本生命の所有であった[71]
習志野駅北口には、西武津田沼ショッピングセンター(当初は西友津田沼店・津田沼パルコ)、新京成線新津田沼駅イトーヨーカ堂津田沼店、丸井津田沼店が先行出店していたため、激しい価格競争となった。また、2駅隣の船橋駅前に西武百貨店東武百貨店があり、1981年にはららぽーと船橋ショッピングセンターも開業して競争が激化。売場面積も百貨店としては規模が小さく集客力が劣っていたため、売上が伸び悩み赤字が続いた[71]
この件は、津田沼髙島屋だけではなく髙島屋本体にも影響が及び、1981年にダイエーが髙島屋の株式を、医療法人十全会経由で10.7%を[要出典][注釈 5]買い占め、業務提携に一時合意したものの破談した経緯があった[72]
1988年1月時点では、ダイエーは髙島屋株を5.7%所有していた[72]
津田沼髙島屋の閉店後、髙島屋が総武本線沿線へ出店することはなくなった。
  • 1976年3月1日[要出典]、株式会社津田沼髙島屋を設立。
  • 1978年10月14日[要出典]、津田沼髙島屋が開店。
  • 1988年8月28日、津田沼髙島屋が閉店[73]
港南台店
JR根岸線港南台駅前。
相鉄グループの日本市街地開発株式会社が開発した港南台バーズ[74] の核店舗として出店。ビルのオーナーは相鉄ビルマネジメントで、相鉄ローゼン も入居している。相鉄沿線ではない街に作られた「オール相鉄グループ」のショッピングセンターである。
売場面積17,475m2
  • 1983年10月1日、株式会社横浜髙島屋により、横浜髙島屋の支店として開業。
  • 1995年、株式会社髙島屋が株式会社横浜髙島屋を吸収合併。
  • 2017年3月、横浜店から独立し、単独店舗として計上された。髙島屋グループとして初めてテナントとしてニトリ が入居した。
  • 2020年8月16日をもって閉店[75]
和歌山店(2代目)
南海本線和歌山市駅ビル(南海和歌山ビルディング)内。駅は2階にある。
売場面積4,347m2の小型店。
競争激化や商圏人口の減少で、10年以上赤字が続いていた[76]
  • 1931年9月11日、初代和歌山店が大阪店の出張所として、和歌山市七番丁1番地に開店[9]
  • 1948年8月1日、初代和歌山店が大阪店の支店に昇格、同年9月22日に和歌山市十番丁へ移転[77]
  • 1952年8月30日、初代和歌山店が閉店。
  • 1973年5月16日、2代目和歌山店が大阪店の支店として開店。
  • 2014年8月31日閉店[78]
津山店
4,500m2の小型店[79]
岡山髙島屋の支店として、地元百貨店「大手町デパート」の譲渡を受けて出店[79]アルネ津山天満屋が開店するため撤退した[80]
  • 1991年5月27日開店。1999年3月31日閉店[80]
今治髙島屋(今治店)
株式会社今治髙島屋が運営。
前身は「百貨店 今治センター」(ハイランドグループ加盟)。
  • 1974年10月9日、資本提携により「せとうち髙島屋」に社名変更(店舗名は変更せず)。
  • 1976年10月22日、「株式会社今治髙島屋」に社名変更。同年12月1日、店舗名も「今治髙島屋」に変更し、てこ入れを行う。
  • 1984年6月17日、業績が向上しなかったため閉店。
  • エアロプラザタカシマヤ
    大阪府泉南郡田尻町 関西国際空港エアロプラザ
    1995年6月24日に開店。利用客低迷により、2004年3月31日閉店。
オーガスタプラザ
  • 兵庫県神戸市中央区東川崎町1-8-1
  • 1992年10月1日に開業。2002年9月30日までに撤退。
大阪ガスなどが所有していた神戸ハーバーランド地区に立地する建物に、大阪ガスグループとの合弁により開業。しかし開業以来、毎年赤字を計上するなど業績が低迷した。
2002年6月、大阪ガスは建物の所有権と施設の運営権を他社へ譲渡。同年9月末の賃貸契約期間満了をもって、髙島屋がビル内に展開していた9つの店舗は閉店し完全に撤退した。

中型・小型店舗[編集]

  • 髙島屋ストア水戸ローズランド店(茨城県水戸市宮町1丁目3-38)
    売場面積3,173m2、「ローズランド」の名称だった[81]
    跡地にはサントピアネクストが入居した時期もある。建物は雑居ビル「中村ビル」として存続。
  • 土浦店(茨城県土浦市川口1丁目1-26)
    かつて存在した百貨店「伊勢屋」(のち「伊勢屋ファッションビルA-C-Tアクト」)の核テナントとして営業していた。撤退後は地元の衣料品チェーン「亀宗」が入居したが閉店。建物は解体され、跡地には「アーバンスクエア土浦ビル」が建設された。
  • 桐生店(群馬県桐生市本町4丁目)
    1932年4月、髙島屋十銭ストア(均一店)として桐生市本町4丁目に出店。1952年10月、株式会社丸高(のちの株式会社髙島屋ストア)が経営を引き継ぎ再出発。1967年11月、桐生出店35周年を期して店舗を大幅増築オープン。1982年に撤退。1階に入店していた鮮魚店「美喜仁」が建物を買い受け、寿司和食「美喜仁 本店」となる。現在の美喜仁ビル。
  • 足利店(栃木県足利市通2丁目)
    地下1階・地上4階建て。客用エレベーター1基、昇りエスカレーター設置。現在のいぶきビル。
  • 所沢店(埼玉県所沢市
    1970年7月に開業。その後に閉店し、1981年1月にシズオカヤが入店したが閉店。建物は解体され、現在はパチンコ店になっている。
  • 岸和田店(大阪府岸和田市
    太平洋戦争前に、岸和田市堺町に出店。
  • タカシマヤスタイルメゾン海老名店
    神奈川県海老名市扇町13-1 ららぽーと海老名2階
    売場面積725m2。横浜店の分店で、婦人服・婦人雑貨・化粧品販売を主体とする店舗。
    2015年10月29日、ららぽーと海老名開業と同時に開店。
    2020年2月16日閉店[75]
  • タカシマヤフードメゾン岡山店
    岡山県岡山市北区下石井一丁目2-1 イオンモール岡山
    売場面積1,900m2株式会社岡山髙島屋が運営。岡山店の分店で、食料品販売を主体とする店舗。
    2014年12月5日開店[広報 6]
    2021年2月28日閉店[広報 7]

海外[編集]

  • ニューヨーク髙島屋 Takashimaya New York LLC
    693 Fifth Avenue,New York,N.Y10022, U.S.A
    1993年4月23日に開店。2010年6月5日に閉店。
    「タカシマヤ・フィフスアベニュー」(100%出資子会社)が「フィフスビル」を所有し、「ニューヨーク髙島屋」はその子会社でテナントとして入居・営業していた。5番街の54・55丁目間で 地下1階・地上6階、売場面積1,705m2。撤退にともない建物は売却され、両社とも清算された。
  • パリ髙島屋 Paris, Takashiyama (France) S.A.
    Printemps, 64 Boulevard Haussmann, 75009 Paris, FRANCE
    1973年にパリ9区オースマン大通り「プランタン」本店内に入居。日本人スタッフが免税手続きをすることで人気があった。2011年8月に営業終了。現在、プランタンでは自社スタッフが直接日本人向けのサービスを行っている。

出店を断念した店舗[編集]

  • 新宿店(国鉄新宿駅東口ビル)
    新宿ターミナルビル(現・ルミネエスト新宿)開業にあたり出店を計画したが、西武グループを中心とする競合他社の反撃により、4社共同出資の寄合百貨店(専門店ビル)として開業。髙島屋の計画計画は白紙撤回された(ルミネエスト新宿#概要も参照)。のちにタカシマヤタイムズスクエアへ出店し、新宿への出店の悲願を果たしている。
  • 上野店(東京都台東区
    バブル期に、JR東日本上野駅超高層建築物建設が計画されていた駅ビルに出店構想があったが、バブル崩壊や東北・上越新幹線の東京駅延伸による乗降客の減少による地元の反対、駅舎の歴史的価値などから、駅ビルの建設計画自体が立ち消えになった。のちに既存の駅舎を活かして、駅ナカに上野アトレが出店している。
  • 港北ニュータウン店(神奈川県横浜市都筑区
    横浜市営地下鉄センター南駅前に設定された共同化義務街区の競争入札へ応札して第一交渉権を得た[82]。地上15階・地下4階、延べ床面積163,400m2の商業施設を構想したが、共同化義務街区の地権者組織との交渉が物別れに終わり、出店を断念した[83]。センター南駅前には港北東急が出店した。
  • 相模大野店(神奈川県相模原市
    相模大野駅西側地区第一種市街地再開発事業の核店舗として出店する予定だったが、既に伊勢丹岡田屋モアーズなどがあり、計画は白紙になった。出店予定だった土地にはbono相模大野がオープンしている。
  • 藤沢店(神奈川県藤沢市
    1950年代から「髙島屋ストア」を出店しており、藤沢駅北口再開発事業で建設される「北口再開発ビル」に横浜髙島屋の支店として入居することが内定していたが、隣地で営業していたさいか屋と先行進出していた地方百貨店3社の猛反対に遭ったことで出店を断念した。
  • 博多店(JR博多駅
    入居していた博多井筒屋を排除して進出が内定しかけたが、5万m2を超える大型店との主張を崩さなかったため、JR九州の主張する4万m2での出店に応じた阪急百貨店に一転して敗れ、出店の機会を逸した。なお博多阪急2011年(平成23年)3月3日にJR博多シティの核テナントとして開業した。九州では、玉屋グループ(シンボルフラワーが同じ「バラ」)がハイランドグループの一員であるが、福岡県内の店舗が相次いで閉店に追い込まれたこともあり、これらに代わるハイランドグループ九州地区拠点としての出店を目指していた。
    このほか、福岡市中央区天神と、博多区下川端にも出店構想があった。
    2012年、下川端にある博多リバレインの商業施設「イニミニマニモ」の運営権を子会社の東神開発が取得。2015年6月12日、同施設の名称を「博多リバレインモール by TAKASHIMAYA」に変更。

クレジットカード[編集]

髙島屋に関連するクレジットカードは、2013年2月の時点で以下の4種類が存在する。前3種については当該記事を参照。

なお髙島屋では、それらとは別に「dカード」「dカードゴールド」を支払いに使うことでdポイントが最大で3%還元される施策が行われている(いよてつ髙島屋は除く)。

大阪店の増床・改装[編集]

大阪店では、店舗東側に建っていた新事務館・事務別館・別館・南分館・南別館の後方施設を取り壊し、新館「TE館」を建設し増床した。加えて当初は従来店舗の一部のみを改装する予定[注釈 6]だったが、既存の本館と増床部を一体化し「新本館」となった。投資額は340億円。従来の店舗で売り場が分散していたブランド店と洋品雑貨、レストランをそれぞれ集約・拡充し、増床前の約56,000m2に22,000m2のTE館を加えて、78,000m2となった。2006年秋に着工し、2009年秋に開業する計画であったが、2007年10月に全面開業を1年先送りし、2010年秋に変更すると発表した[84]。既存建物(本館)の改装を段階的に実施し、売り場の閉鎖など工事にともなう売り上げへの影響を最小限に抑えるのが狙いである。

増床部「TE館」の建設は2期に分けて行われ、第1期の南部分(事務所棟)が2007年冬に竣工し、2008年1月から使用を開始。第2期の部分は2009年秋に竣工した(南海ターミナルビル改装工事と同時プロジェクト)。

店舗の改装は3期に分けて行われ、2010年3月2日に、TE館・22,000m2(地下1階・地上9階)を含めた第1期分(既存売場の一部の改装を含む)が先行開業し、同年9月1日には地階や中央ゾーンの一部を改装したことによる第2期分がオープン。そして2011年3月3日に、既存売場の残りの部分が改装されたことで全館がグランドオープンした(なんばCITYのリニューアルを含めた南海難波駅のリニューアルは、2011年4月26日に完成)。

この増床・改装により、南海・難波駅のホームに直結した出入り口を本館3階に新設したほか、三菱UFJ銀行[注釈 7]が使用していた本館の地下1階から地上2階(銀行移転後の跡地は約1,300m2)の一部を売り場に変更。隣接する南海難波駅や商業施設「なんばCITY」「なんばパークス[注釈 8] との回遊性も高めた。

丸井今井支援への動き[編集]

2009年2月19日の各報道によれば、民事再生法を申請した北海道札幌市の百貨店「丸井今井」の支援企業として髙島屋が名乗りを上げたことが判明した[85]。理由として髙島屋の店舗が北海道に存在しないことが挙げられており、もともとの提携先である伊勢丹三越伊勢丹ホールディングス)の対応次第では、髙島屋傘下に移行して再建を図る可能性があると見られていた(経営統合の結果直系となった札幌三越や、伊勢丹と業務提携関係にある東急百貨店札幌店との調整を迫られることになる)。

同年4月19日には、札幌の本店のほか、旭川・函館・室蘭の計4店の支援を表明した髙島屋が、丸井今井の支援企業となることに合意したとの報道発表があった(三越伊勢丹HDは、札幌と函館の2店舗のみの支援を表明)。しかしその後、髙島屋側と丸井今井側との間で支援額などの条件で折り合いがつかなくなり、合意が白紙撤回されたことにより、同年4月30日に三越伊勢丹HDが丸井今井を支援することに決定した。なお2011年、現在は、三越伊勢丹HD傘下である札幌丸井三越函館丸井今井の2社がそれぞれ運営する体制となっている。

関連会社[編集]

  • 株式会社アール・ティー・コーポレーション(東京都中央区) - 鼎泰豊などの飲食店舗運営
  • 株式会社伊予鉄髙島屋松山市
  • 株式会社エー・ティ・エー(東京都中央区)
  • 株式会社グッドリブ(東京都中央区)
  • 株式会社ジェイアール東海髙島屋(愛知県名古屋市中村区) - ジェイアール名古屋タカシマヤの運営会社
  • 株式会社センチュリーアンドカンパニー(東京都中央区)
  • 髙島屋ファイナンシャル・パートナーズ株式会社(東京都中央区)
  • 髙島屋スペースクリエイツ株式会社(東京都中央区)
  • 株式会社髙島屋友の会(東京都中央区)
  • 株式会社髙島屋サービス(東京都中央区)-髙島屋ビジネスサービスと髙島屋ビルメンテナンスと髙島屋物流と髙島屋テレコムが合併して発足。
  • 髙島屋保険株式会社 (東京都中央区)
  • 株式会社タップ(大阪市中央区)
  • たまがわ生活文化研究所株式会社(東京都中央区)
  • 東神開発株式会社(東京都世田谷区
  • 株式会社ファッションプラザ・サンローゼ(東京都渋谷区
  • 株式会社セレクトスクエア(東京都江東区
  • TAKASHIMAYA TRANSCOSMOS INTERNATIONAL COMMERCE(シンガポール共和国)
ほか

かつての関連会社[編集]

看板の下地に、相高ストアのマークの痕跡が残っている
  • 相鉄ローゼン - 相模鉄道系列のスーパーマーケット。1959年4月に相模鉄道・相鉄不動産(初代)・横浜髙島屋の3社が合弁で設立した、株式会社相高(店舗名:相高ストア)が前身。髙島屋のロゴマークと相模鉄道の社紋の外周部を融合したマークと、髙島屋の線バラと同様のシンボルが使われていた[86]1982年9月に相鉄ストアを運営する相鉄興業に吸収された際に、髙島屋のシンボルにちなんで『ローゼン』(バラ)の名がつけられた現在の社名に変更。2003年8月に持分全株を相鉄グループに譲渡[87]。現在は相模鉄道の完全子会社。
  • 髙島屋ストア(当初は丸高ストア)- 大阪市・堺市中心に同名のスーパーマーケットを数店舗営業していた。全店舗をイズミヤに営業譲渡。現在は「デイリーカナート」として営業中。
  • 髙島屋日発工業 - 当社および子会社の「髙島屋工作所」と日本発条トヨタ自動車によって設立された、シートなどの自動車内装メーカー。髙島屋がトヨタに株を売却したことから経営からは撤退し、社名も「タカニチ」に変更。現在はグループ内統合によりトヨタ紡織となっている。
  • トヨタカローラ髙島屋 - 1965年に営業を開始し、1983年2月にトヨタ東京カローラへ事業譲渡。また、輸入中古車販売店も運営していたこともあった[注釈 9]
  • 生活彩家 - 株式会社ハイ・リテイル・システムが運営のコンビニエンスストア。現在はポプラ傘下。
  • 白樺自動車 - 東京都23区内でハイヤー・タクシー事業および来店者用送迎バスの運行を担当していたが、1995年3月に業界大手の国際自動車に売却。

提供番組[編集]

過去

髙島屋が舞台となっている作品[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ ただし、髙島屋にとって元々バラが特別な意味を持っていたわけではなく、1952年に包装紙のデザインにバラを採用して以降、バラが髙島屋のシンボルフラワーとなった。包装紙などに使われているシンボルフラワーのバラの品種は、1980年(昭和55年)からモダンローズが使用されていたが、2007年(平成19年)4月19日からイングリッシュローズに切り替えられた。またバラに関連することとして、髙島屋のマスコットキャラクターとして「ローズちゃん」がいる。このローズちゃんは1962年に登場し、翌年にそのデザインが定まった。ただし、髙島屋のマスコットキャラクターが初めて作られたのは、1959年の秋に作られた「ハッピーちゃん」であって、ローズちゃんが最初のマスコットキャラクターではない[要出典]
  2. ^ 丸紅は伊藤忠商事とともに住友銀行(現在の三井住友銀行)の融資系列下にあったが、髙島屋飯田が戦後に富士銀行の融資系列に移行したため、合併後の丸紅は芙蓉グループの中核企業となっている。百貨店の髙島屋は三和銀行(現在の三菱UFJ銀行)の「三水会」に参加していたが、上記の関係でみずほグループとも関係がある[要出典]
  3. ^ 東急ハンズ柏店を含む。
  4. ^ 路線によっては髙島屋前を通過し150m先の公会堂前に停車し、髙島屋前停車の便は公会堂前を通過する。駅方面の上り路線の「公会堂前」停留所は存在しない。便数は「公会堂前」停車が圧倒的に多い。
  5. ^ 日本経済新聞の記事では「約二千二百株」と記載されている[72]
  6. ^ 既存の本館の他に南海ターミナルビル改装工事と耐震化の工事も兼ねた様子、段階的に耐震工事をしながらの改装を進める予定であった[要出典]
  7. ^ 旧UFJ店舗の難波支店。現在は東向かいにある旧東京三菱店の難波駅前支店にブランチインブランチ[要出典]
  8. ^ 「なんばパークス」の2期計画でも、髙島屋は33億円を投じて、5,800m2の専門店街をつくり、2007年(平成19年)4月に開業した[要出典]
  9. ^ 当時のカーグラフィック誌に広告を載せていたこともあった[要出典]
  10. ^ 株主であるが、2015年(平成27年)現在では一社提供番組を持たない[要出典]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w 流通会社年鑑 2003年版, 日本経済新聞社, (2002-12-20), pp. 47-50 
  2. ^ 構成銘柄一覧:日経平均株価 Nikkei Inc. 2021年10月8日閲覧。
  3. ^ 木山実「高島屋の貿易業参入過程における人材形成 : 貿易商社“高島屋飯田”創設前史」『商学論究』2017年 64巻 3号 pp.321-345, ISSN 0287-2552
  4. ^ 高島屋、中国ネット旅行社と提携、訪日客に割引サービス。” (日本語). 日経メッセ リテールテックJAPAN. 2019年10月14日閲覧。[リンク切れ]
  5. ^ 「日本橋髙島屋 S.C.」18年秋開業 - 115の新店舗オープン&路面店が並ぶ「日本橋ガレリア」も” (日本語). FASHION PRESS. 株式会社カーリン. 2019年10月14日閲覧。
  6. ^ 【百貨店業界の研究ガイド】現状と課題や売上高ランキングを紹介” (日本語). 就活の未来. 2019年10月14日閲覧。
  7. ^ a b 日本における百貨店の一系譜--近世呉服商経営とその転化をめぐって 前田和利、駒大経営研究 2(3・4), 153-173, 1971-03. 駒澤大学経営研究所
  8. ^ a b c 髙島屋135年史, 髙島屋, (1968-9), pp. 18 
  9. ^ a b 髙島屋135年史, 髙島屋, (1968-9), pp. 339 
  10. ^ 髙島屋135年史, 髙島屋, (1968-9), pp. 398 
  11. ^ a b c d 髙島屋135年史, 髙島屋, (1968-9), pp. 401 
  12. ^ a b c 髙島屋135年史, 髙島屋, (1968-9), pp. 31 
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ギャラリー[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]