高射砲塔

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ハンブルクに現存する高射砲塔跡

高射砲塔(こうしゃほうとう、: Flakturm, : Flak tower)は、第二次世界大戦中にドイツ空軍連合国空襲から戦略上重要な都市を防衛するための都市防空設備として建築した鉄筋コンクリート製の巨大な高層防空施設である。現在も中部ヨーロッパの大都市の幾つか(ウィーンハンブルクなど)にその遺構が残る。

概要[編集]

ウィーンに現存する高射砲塔(L塔)跡

第二次世界大戦が現実のものとなるに従い、都市に対する「戦略爆撃」の脅威に対する防御は重要であるとして、各国では防空体制の整備に努力が注がれた。

ドイツにおいては、都市の地形によっては地表面に配置した高射砲では取れる射界が狭く、都市の全域をカバーするには極めて多数の高射砲陣地が必要であり、効率的な防空体制の構築は予算的にも部隊の規模的にも困難である、との分析がなされた。

これを解決するために、高層建築物の上に高射砲を設置し、広い射界を確保して効率的な防空体制を構築すべく建設が進められたものが、この「高射砲塔」である。重要都市の中心部に建造され、都市防空の中核と位置付けられていた。

最初の高射砲塔は1940年にベルリンに建設され、次いでハンブルク、ウィーンに建設された。しかしこの多機能重武装の高射砲塔も連合軍の圧倒的な数の爆撃機の前には大きな効果をあげることはできなかった。実戦で大きな戦果を挙げたという記録もほとんど残されていないが、例外として1945年ベルリン市街戦では市内に侵攻して来たソビエト軍第8親衛軍ティーアガルテンの高射砲塔と戦闘を行ったことが記録されている。

戦後は武装を始め各種装備は撤去されて高射砲塔自体も解体撤去が進められたが、あまりにも頑丈に造られていたために解体が困難で、その多くが現存している。

構造[編集]

高射砲塔は高さ30m以上にもなる巨大な鉄筋コンクリート製の建築物であった。爆撃による大型爆弾の直撃弾にすら耐えるために厚さ数メートルの分厚いコンクリートで作られており、どの塔においても高射砲対空砲が針鼠のように配備されていた。

高射砲塔は、高射砲の設置された G(Geschütz:「砲」の意)塔と呼ばれる砲戦塔と、レーダーや高射指揮装置を備えそれらが発砲による衝撃波の干渉を避けるよう数百m離した位置のL(Leitung:「指揮、指導」の意)塔と呼ばれる指揮塔で構成され、両者は通信線用トンネルで連結されていた。

左から第1、第2、第3世代のG塔

高射砲塔には建造時期によってデザインの変遷があり、概ね三世代に分類される。 最も古い第1世代G塔は基礎部が一辺70.5mの正方形で高さ39m、地上5階地下1階、5階屋上に重砲用砲台4基、一段下の4階屋上に中・軽砲用の張り出しを3×4の12基(のちに5×4の20基に増強)、L塔は50m×23mの長方形で高さ39m、屋上四隅に中・軽砲用の張り出しを4基(のちに20基に増強)、屋上中央に観測機器用の高さ9mの上屋が設けられた。それぞれ天井厚が3.5m、外壁厚が最下部で2.5m、上方にいくにつれ薄くなり最上部で2.0mである。 第2世代のG塔は基礎部一辺が57mの正方形で高さ41.6m、L塔は50m×23mの長方形で高さ44m、その他の諸元は第1世代と似通っている。 第3世代のG塔は43m四方の基礎上に高さ54mの円筒形(外壁は16面体)で中・軽砲用の張り出しは8基、L塔は第2世代のものとほぼ同じ。

この塔の構造には様々な工夫がみられる。屋上部に高射砲や対空機関砲が設置されており、下層階は民間人用の避難場所となっている。また、市街戦の際には「要塞」として長期に渡って篭城できるように発電機貯水槽が設置されていた。

兵装[編集]

12.8cm高射砲を砲手が操砲中。砲左側上部の2名は装填手。彼らの前に信管調整装置と自動装填装置がある

G塔:ベルリンのものは初期には10.5cm単装高射砲4門が装備されたが、12.8cm連装高射砲が実用化されるとそれに換装された。また、中・軽砲として37mm単装機関砲と20mm単装機関砲が装備されたが、20mm機関砲は20mm4連装機関砲に換装された。

L塔

高射砲塔が建設された都市[編集]

ウィーンの高射砲塔の配置(中央はシュテファン大聖堂
  • ベルリン
    • ティーアガルテン高射砲塔(第1世代)1941年4月完成
    • フリードリヒスハイン高射砲塔(第1世代)1941年4月完成
    • フンボルトハイン高射砲塔(第1世代)1942年4月完成
  • ハンブルク
    • ハイリゲンガイストフェルト高射砲塔(第1世代)1942年10月完成
    • ヴィルヘルムスブルク高射砲塔(第2世代)1942年10月完成
  • ウィーン - 当時は第三帝国の一部であった。
    • シュティフツカゼルネ高射砲塔(第3世代)1944年9月完成
    • アウガルテン高射砲塔(第3世代)1943年完成
    • アーレンベルク高射砲塔(第2世代)1943年夏完成

参考文献[編集]

  • 広田厚司『ドイツ高射砲塔 連合軍を迎え撃つドイツ最大の軍事建造物』光人社

高射砲塔が登場する作品[編集]

  • 宮崎駿の雑想ノート(大日本絵画) 第7話「高射砲塔」*ただし、作中に登場している高射砲塔は所在地の街共々架空のものである。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]