駒込中学校・高等学校

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駒込中学校・高等学校
校門前
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人駒込学園
設立年月日 1926年(大正15年)
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型(外部混合有)
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
高校コード 13572A
所在地 113-0022
公式サイト 駒込学園 駒込中学・高等学校 ‐私立・共学‐
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駒込中学校・高等学校(こまごめちゅうがっこう・こうとうがっこう)は東京都文京区千駄木に所在し、中高一貫教育を提供する私立中学校高等学校。高等学校において、中学校から入学した内部進学の生徒と高等学校から入学した外部進学の生徒との間では、アドバンスAコース・アドバンスBコースは第1学年から、スーパーアドバンスコースは第2学年から混合してクラスを編成する併設型中高一貫校[1]

概要[編集]

1682年(天和2年)了翁禅師により設立された「勧学講院」が濫觴となり、旧制駒込中学校1926年開校。1947年(昭和22年)、新制駒込中学校高等学校に改組。1952年(昭和27年)から女子教育も開始、1972年に募集停止した中学校も1992年に再開、旧制中学以来の難関大学進学に力を入れた共学中高一貫の進学校へと変化している。

天台宗系の学校であり、毎年5月ごろに比叡山研修を行う。旧制時代には「開成のバンカラ、駒校のリベラル」と称され、自由で伸びやかな校風の学園として評価され、東大を中心に卒業生を送り出す進学校であった。現在国公立大学・難関私立大学に多数の卒業生を送り出し現役進学率は9割を超えている[2]

国際理解教育にも力を入れており、ハワイ研修やオーストラリアニュージーランドクライストチャーチなどのへの高校留学制度などがある[3]

また、中高ともに年収760万円未満世帯(標準4人家族)は授業料無償化を行っている[4]

沿革[編集]

  • 1682年天和2年)- 了翁禅師により「勧学講院」が上野不忍池の畔に設立され、これがこの学園の濫觴となる。
  • 1873年(明治6年)- 校名を「天台宗東部総黌」と改め、校地は上野寛永寺境内に定められる。
  • 1885年(明治18年)- 校名を「天台宗東部大中総黌」と改め、正式に天台宗立となる。
  • 1904年(明治37年)- 校名を「天台宗中学」および「天台宗大学校」と改め、現在の場所に移される。
  • 1925年(大正14年)- 12月12日付、宗門外からの生徒も加え普通課程の教育を行う。駒込中学校として文部省から認可される。
  • 1926年(大正15年)- 4月1日より「駒込中学校」が開校する。
  • 1945年(昭和20年)- 戦災で本館を残して校舎を焼失する。
  • 1947年(昭和22年)- 学制改革に伴い新制の「駒込中学校」並びに「駒込高等学校」に改組する。この頃より校舎の復興が進む。
  • 1952年(昭和27年)- 従来の男子教育に加え、4月1日より新たに「女子部」を開設する。
  • 1962年(昭和37年)- 4階建ての新校舎が落成する。
  • 1966年(昭和41年)- 男女共学制をしき、建学の伝統の現代的適応を図る。
  • 1974年(昭和49年)- 服装を自由化する。
  • 1976年(昭和51年)- 創立50周年記念として、格技場(主に柔道)が完成する。
  • 1978年(昭和53年)- 新生徒ホール・新クラブ室が完成する。
  • 1981年(昭和56年)- 4月に新体育館兼講堂が完成する。
  • 1989年(平成元年)- 制服を新たに制定する。
  • 1991年(平成3年)- 比叡山研修(高校1年生)を開始する。学習合宿(高校2年生)を開始する。
  • 1992年(平成4年)- 昭和47年以来、募集停止中であった中学校を共学で再開する。
  • 1993年(平成5年)- 中学学習合宿を開始する(中学2年生)。海外修学旅行(高校2年生)を実施する。
  • 1995年(平成7年)- 創立70周年記念式典を挙行する。
  • 1997年(平成9年)- 中学校再開第一期生が卒業する。
  • 1999年(平成11年)- 九州・沖縄修学旅行を実施する(高校2年生)。
  • 2003年(平成15年)- 地上6階・地下1階の、IT時代に対応した高校新校舎が落成する。

交通[編集]

部活動[編集]

運動部
文化部

著名な出身者[編集]

脚注および参照[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]