馬政局

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馬政局(ばせいきょく)は大日本帝国における軍馬の改良育種を目的とした行政機関のひとつで、1906年から1923年および1936年から1945年にかけて設置され、初期は省庁に準ずる機関であり、後に陸軍省外局・農林省外局となった。

概説[編集]

日清戦争日露戦争を通じ、欧米列強と日本との間における歴然とした軍馬の資質差が問題となり、関係者の間でその改良が喫緊の課題となった。時を同じくして1904年4月7日、宮中午餐会の席上にて明治天皇より「馬匹改良のために一局を設けて速やかにその実効を挙ぐべし」との勅命が下り、これにより臨時馬制調査委員会が設置され、宮内省主馬頭藤波言忠及び獣医学者新山荘輔らを中心として馬匹改良を担う行政機関の設置が図られ、8度に及ぶ委員会審議を経て馬政第一次計画が立案された。

1906年5月30日勅令121号をもって馬政局官制が公布され、馬政局が設置された。馬政局は特定省庁の管理下に属さない内閣総理大臣の直轄機関であり、その主長には勅任二等官の「局長」ではなく一等官の「長官」が置かれ、省庁に準ずる機関としての地位が与えられた。これに伴い農商務省の馬事関連作業部局も馬政局に移管され、日本の馬事馬産を一手に担う専門機関が発足した。

馬政局はその発足直後から30年計画による馬匹改良事業に着手し、官営牧場及び種馬場の整備、優良牡牝馬の選定輸入及び育種、軍馬に供する馬匹の体格基準の制定などを行ったほか、馬匹の需要拡大を狙った競馬の振興も積極的に行った。

1910年には陸軍省外局となったが、国内馬産の隆盛と共に役割を一旦終えたと判断され、1923年には業務が農商務省畜産局に移され一時廃止。しかし満州事変等に伴う中国との関係悪化を受けて軍馬の需要が再び増大し、1936年馬政第二次計画が開始されたのに伴って農林省の外局として再設置された。その後1945年まで馬匹の生産管理を担ったが、太平洋戦争終結に伴い完全に廃止され、業務の一部は農林省畜産局馬産課に引き継がれた。

沿革[編集]

  • 1904年 - 日露戦争勃発
    • 明治天皇より馬匹改良に関する勅命下る
    • 臨時馬制調査委員会官制公布(勅令第290号)
  • 1905年 - 馬政第一次計画立案
  • 1906年 - 馬政局官制公布(勅令第121号)
  • 1910年 - 陸軍省外局となる
  • 1919年8月15日 - 庁舎が麹町区元衛町1番地に移転し事務を開始[2]
  • 1923年 - 業務を農商務省畜産局に移管、馬政局廃止
  • 1936年 - 日中関係悪化に伴い馬政局官制公布(勅令第160号)
  • 1938年 - 日中戦争激化に伴う計画の変更
  • 1945年 - 農林省畜産局設置に伴い、廃止

組織[編集]

(1906年~1910年にかけての独立馬政局時代のものを記す)

官員[編集]

幹部

  • 馬政長官(勅任一等官)
  • 馬政次長(勅任二等官)
  • 馬政官(奏任官10名)

業務官

  • 種馬牧場長(奏任官3名)
  • 種馬育成所長(同1名)
  • 種馬所長(同15名)
  • 馬政技師(同8名)
  • 馬政技手(判任官133名)

事務官

  • 馬政書記官(奏任官1名)
  • 馬政書記(判任待遇21名)
  • 馬政属(同26名)

部署[編集]

第一部

  • 監督課
  • 牧馬課

第二部

  • 馬政課
  • 去勢課

官房

  • 庶務課
  • 会計課

歴代長官[編集]

馬政長官
馬政局長官

馬政計画[編集]

馬政第一次計画は、明治39年に設定され、第1期18箇年、第2期12箇年、合計30箇年で、昭和10年、満了となり予期の成果を挙げたとされたが、国内外の情勢から政府はさらに継続実行すべく第二次馬政計画を策定し、これを承継し、なお30箇年にわたり実行するとされ、「国防上必要なる有能馬特に有能乗輓馬の充実を目標とし産業上の基礎に立脚し経営の実情に即して適切なる保護奨励を行い馬産経営の安定を図り馬の資産を涵養充実せんとす」るにあるとされた。

馬政第二次計画は、

  1. 期間 昭和11年度から昭和40年度までの30箇年
  2. 保有馬数 内地は少なくとも150万頭、その役種区分は別に定める
  3. 馬の改良方針 役種区分に基づいて地域的に役種生産方針を確立し、馬の登録に関する制度を設け、種類別体型標準に拠り配合の統制を図り体型を整理し、種類の固定に努め各役種に適応する性能を具える馬の造成を期する
  4. 種牡馬の要数 6000頭とし、うち政府繋養は少なくとも3000頭、民間のものに相応の保護を加え充実を図る
  5. 種牡馬の充実 特に乗輓馬生産用優良種牡馬の維持涵養に重きを置き、有能馬生産資源を確保する
  6. 馬の育成調教 改善向上を図り、その性能の発揮を全からしめ有能馬の造成を期する
  7. 馬の利用 範囲の拡張と利用方法の改善ならびに乗馬の普及を図り、これの需要の増進を期する
  8. 牧野および飼料 牧野の改良整備と飼料の増産を図り、馬産経済の改善に資するとともに馬の資質の向上を期する
  9. 馬の衛生 疾病の防遏、健康の増進を図るとともに蕃殖能率の向上に努め馬産の安定に資する
  10. 競馬 改善刷新を図りその施行を適正にし馬の改良増殖の目的達成に努める
  11. 朝鮮、台湾、樺太の馬産との連絡 内地馬政の遂行にはこれと連絡を図りこれの助長に努める

との要綱で行われたが、敗戦の結果1945年で終了した。

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』第6876号、明治39年6月2日。
  2. ^ 『官報』第2110号、大正8年8月16日。

関連項目[編集]

参考文献[編集]