餘部駅

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餘部駅
余部橋梁架け替え後の新しいプラットホーム
余部橋梁架け替え後の新しいプラットホーム
あまるべ - Amarube
(1.8km)
(4.6km) 久谷
兵庫県美方郡香美町香住区余部字ナワテ1861-2
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線 A 山陰本線
キロ程 187.2km(京都起点)
電報略号 アマ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗車人員
-統計年度-
57人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1959年昭和34年)4月16日
備考 無人駅
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餘部駅の位置
餘部駅の位置
餘部駅の
位置
餘部駅の位置
余部橋梁架け替え前のプラットホーム

餘部駅(あまるべえき)は、兵庫県美方郡香美町香住区余部字ナワテにある、西日本旅客鉄道(JR西日本)山陰本線

概要[ソースを編集]

駅名と地名の読みは同じだが、漢字表記が異なる。この駅の開業が1959年昭和34年)であり、1930年(昭和5年)に開業した姫新線余部駅(よべえき)との重複を避けたためである[1]。マスコミにおいては「余部駅」と表記されることもある[2][3]

豊岡駅管理の無人駅で、自動券売機乗車駅証明書発行機は設置されていない。

駅の開業には地元住民の要望が強く反映された。余部橋梁が完成してから1950年代まで、余部集落住民が山陰線を利用するためには、列車の合間を縫って徒歩で余部橋梁を渡り、トンネルをくぐって隣の鎧駅まで行く必要があった[4]1955年(昭和30年)、地元住民が駅設置の実現化に向け、国鉄に強く働きかけたり、小学校児童が県知事に駅設置を願う手紙を書くなどの行動が展開された結果、駅設置が決定した[4]。建設の際は住民たちも駅造りを手伝い[4]、その様子を描いた壁画がホーム傍に立てられていたが、新橋梁建設工事開始後は周辺案内板等と共に撤去されている。

第3回近畿の駅百選選定駅である。

歴史[ソースを編集]

  • 1959年昭和34年)4月16日 - 国鉄山陰本線の鎧駅 - 久谷駅間に新設開業。旅客営業のみ。
  • 1986年(昭和61年)12月28日 - 余部鉄橋列車転落事故が起こる。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
  • 2004年平成16年) - この年より、春休み、ゴールデンウィーク、夏休みなどの多客時に臨時快速列車「あまるべロマン号」の運行が開始され、同列車の停車駅となる。
  • 2008年(平成20年)2月29日 - 余部橋梁工事のため、仮設の通路と踏切が設置される[2]
  • 2010年(平成22年)7月17日 - 余部橋梁工事のため、同日から列車が運休(バス代行)となり、営業を一時休止[5]
  • 2010年(平成22年) 8月12日 - 余部橋梁の架け替え完成に伴い、営業を再開。ホームから見て従来とは反対側に線路が移設される。

駅構造[ソースを編集]

浜坂方面に向かって右側に単式ホーム1面1線を有する地上駅停留所)。分岐器絶対信号機を持たない棒線駅で、ホームは豊岡方面と浜坂方面の共用である。駅のトイレは老朽化や橋梁架け替え工事のため閉鎖されたが、新橋梁完成後に新設されている。

余部橋梁の架け替え前は、ホームは浜坂方面に向かって左側であった。そこから線路とは反対方向に集落に下りる通路が通じていたが、橋の架け替えに伴いこのスペースに新たに線路を通すことになったことから、構内踏切が設置されて新たな通路が設けられた。新橋の供用開始に伴う線路の付け替えで、構内踏切は解消されている。

橋の架け替えによる営業再開に際して、旧橋で使用されていた鋼材を切断したベンチがホームに設置されている[3]

利用状況[ソースを編集]

2013年度の1日平均乗車人員は57人である。2000年以降の1日平均乗車人員は以下の通り。

乗車人員推移
年度 1日平均人数
2000 68
2001 70
2002 68
2003 71
2004 92
2005 87
2006 140
2007 89
2008 76
2009 73
2010 98
2011 48
2012 45
2013 57

駅周辺[ソースを編集]

余部橋梁が駅のすぐ東側に架かる。橋梁を望む展望台が駅裏手にあったが、橋梁の架け替え工事で山側に線路を通すため掘削されるのに伴い、2008年平成20年)4月11日をもって一時閉鎖された[6][7]。しかし、新旧橋梁切替時期から再開を望む声が多く寄せられたことによって、香美町の定例議会で再開の提案が2010年9月に可決され、補修工事後2010年11月3日に再開された[8][9]

余部の集落は鉄橋の直下にあり、駅からは長い坂道を下りていく必要がある。この坂道には階段がなく、雪の積もる冬場には滑落の危険があるほど急である。また幅が狭いため自動車は通れず、駐車場が坂道のふもとに設置されている。この道も橋梁工事のため2008年(平成20年)2月に一部付け替えられている[2]

ギャラリー[ソースを編集]

隣の駅[ソースを編集]

西日本旅客鉄道(JR西日本)
A 山陰本線
快速
香住駅 - 餘部駅 - 浜坂駅
普通
鎧駅 - 餘部駅 - 久谷駅

脚注[ソースを編集]

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  1. ^ 田村喜子 『余部鉄橋物語』 新潮社2010年7月30日、p.83。ISBN 978-4-10-313506-7
  2. ^ a b c 余部駅の仮設踏切利用開始 新鉄橋完成まで - 日本海新聞 2008年3月1日 2008年6月7日閲覧
  3. ^ a b 解体鉄橋の鋼材、ホームのベンチに JR余部駅 - 神戸新聞(但馬版)2010年8月17日
  4. ^ a b c 余部鉄橋の歴史(香住観光協会)
  5. ^ 山陰本線鎧・餘部間余部新橋りょう架替に伴う代行バス輸送について - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2010年5月28日
  6. ^ 余部橋梁(新橋)架替工事の状況について 香美町ウェブサイト《当該掲載元サイトからは既に削除。現在はインターネット・アーカイブを通じて閲覧可能》
  7. ^ 余部鉄橋展望台、サクラが今春限り サクラ・鉄橋・日本海、最高のロケーション惜しまれ(香住区) (PDF) 」 、『ふるさと香美』第38巻、香美町、2008年5月、 p.11、2011年1月9日閲覧。
  8. ^ 余部の展望台復活へ マツバガニシーズンに合わせ”. 神戸新聞 (2010年9月23日). 2011年1月9日閲覧。
  9. ^ 余部展望所再開「はまかぜ」新車両導入で前倒し”. 読売新聞 (2010年11月3日). 2011年1月9日閲覧。

関連項目[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]