飯縄神社
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| 飯縄神社 | |
|---|---|
|
里宮拝殿 | |
| 所在地 | 長野県長野市富田380 |
| 位置 |
奥社:北緯36度44分10.9秒 東経138度7分51.3秒 / 北緯36.736361度 東経138.130917度 里宮:北緯36度40分50.9秒 東経138度10分7秒 / 北緯36.680806度 東経138.16861度座標: 北緯36度40分50.9秒 東経138度10分7秒 / 北緯36.680806度 東経138.16861度 |
| 主祭神 | 大戸道命、大戸辺命、保食命 |
| 社格等 | 旧郷社 |
| 例祭 |
例祭宵祭10月7日夕刻(里宮) 例祭10月8日(里宮) |
| 主な神事 |
祈年祭5月8日(里宮) 飯縄山開山祭6月5日(一の鳥居・奥社) 大祓式12月8日(里宮) |
| 地図 | |
飯縄神社(いいづなじんじゃ)は、長野県長野市富田にある神社。全国に祭祀されている飯縄神社の惣社である[1]。社格は旧郷社。
歴史
[編集]- 270年頃飯縄山山頂に天神大戸道尊を祀り、飯縄大明神と称す[2]。
- 本地を大日如来とし、848年(嘉祥元年)3月学問行者が飯縄山に入山し、如来の尊容を拝す。
- 1233年(天福元年)信濃国荻野(信州新町)の地頭 伊藤兵部太夫豊前守忠綱が、飯縄大明神のお告げにより入山し、山頂に飯縄大権現を勧請する。忠綱の子、盛綱も忠綱に従い入山し、荼枳尼天の法を修得、忠綱より飯縄の法[3]を受継ぎ、飯縄原始忍法を確立、自ら「千日太夫」と称し、飯縄信仰を全国に広げると共に忍法の祖となる。
- 1873年(明治6年)5月長野県庁より皇足穂命神社(すめたるほのみことじんじゃ)の称号を与えられる。
神官仁科氏系図
[編集]以下は飯縄神社の神官を代々務めた仁科氏の系図である[4]。ただし平維盛の末裔とするのはあくまで自称であり、実際は仁科盛弘-仁科盛家-仁科盛遠-仁科盛勝(承久の乱で没落)の系譜と、関盛長の子・仁科盛忠(盛勝の養子)から始まる系譜に分かれると考えられる[5]。
仁科氏
| 平維盛 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 妙覚(平六代) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 関玄蕃丞盛兼 平盛兼を指すか | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 関清久 山田左京亮清久とも | 仁科盛朝 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 関盛元 実仁科盛遠子 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 関盛広 玄蕃丞 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 関盛長 日向守 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛忠 関孫三郎 称横瀬氏 従五位下 仁科弾正少弼 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛国 従五位下 仁科弾正少弼 | 仁科盛家 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛房 従五位下 仁科弾正少弼 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科持盛 仁科左近大夫 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛直 従五位下 仁科弾正少弼 | 高梨伊豆守清秀室 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科明盛 従五位下 仁科弾正少弼 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛胤 従五位下 仁科弾正少弼 | 丸山肥後守盛慶室 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛能 従五位下 仁科弾正少弼 | 青柳伊勢守清長 | 飯森十郎春盛 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛康 従五位下 仁科修理亮 | 星野内膳盛道 | 仁科盛孝 孫三郎 仁科玄蕃丞 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛政 従五位下 仁科右衛門大夫 | 仁科盛清 仁科甚十郎 | 溝口美作守義忠室 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛孝 孫三郎 仁科玄蕃丞 実盛能子 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛清 仁科甚十郎 実盛康子 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛正 仁科民部 | 仁科盛吉 玄蕃 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛吉 仁科甚十郎 実盛清子 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛久 仁科玄蕃 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛重 仁科右近 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛嗣 仁科玄蕃 | 大田平左衛門盛寛 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛常 仁科右近 | 仁科善蔵 | 仁科金五郎 | 仁科伴五郎 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛林 仁科玄蕃 | 丸山盛貞 求馬 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛敦 仁科甚十郎 | 真了沙弥尼 近江国山門坂本宝林寺 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛長 仁科甚十郎 | 仁科美之三郎 | 仁科長美 | 仁科盛章 圭之助 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 仁科盛保 従五位下 仁科甚十郎 | 仁科盛和 仁科慶之進 | 仁科寅之進 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
皇足穂命神社の大杉
[編集]長野市指定天然記念物。樹高約30m、目通り周囲4.82mと社叢の中でも杉としては、まれに見る巨樹である。幹の部分にキツツキの穴があるほかは損傷もなく樹勢も盛んで姿もよい。また社殿に近く御神木としてふさわしい位置である。この神社の社叢の高木には過去幾度か落雷がありそのつど1本ずつ損傷を受けたがこの大杉にはいままで落雷がなかったのは幸いである[6]。
