飯山茂

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飯山 茂
生誕 1923年
日本の旗 日本 鹿児島県
死没 2004年11月12日
日本の旗 日本 神奈川県
所属組織 War flag of the Imperial Japanese Army.svg 大日本帝国陸軍
Flag of the Japan Self-Defense Forces.svg 陸上自衛隊
軍歴 1944 - 1945(日本陸軍)
1954 - 1980(陸自)
最終階級 帝國陸軍の階級―襟章―中尉.svg 陸軍中尉(日本陸軍)
JGSDF Lieutenant General insignia (a).svg 陸将(陸自)
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飯山 茂(いいやま しげる、1923年大正12年) - 2004年平成16年)11月12日)は、日本の元陸軍軍人及び陸上自衛官東部方面総監

人物[編集]

鹿児島県出身[1]情報畑の人物であり、在ソ連日本国大使館モスクワ)付防衛駐在官時には喫茶店の窓から電車の動きを監視し、ただならぬ荷物(戦車であった)を載せた電車が走っていくのを見てソ連のチェコ侵攻を予測し、いち早く日本に打電したという逸話が残っている。

宮永スパイ事件の責任を取って辞職した永野茂門陸上幕僚長の後任には、東部方面総監であった飯山茂も候補の一人であったといわれるが、飯山の陸幕二部長時代の部下が宮永に機密を漏洩した人物であったことから陸幕長への道を閉ざされ、永野の辞任後の7月に退官した。

経歴[編集]

脚注[編集]

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参考文献[編集]

  • 山崎正男 編集責任、保存版『陸軍士官学校』 秋元書房、昭和44年
  • 松村劭 「オペレーショナル・インテリジェンス 意思決定のための作戦情報理論」 日本経済新聞社

関連項目[編集]

先代:
永野茂門
東部方面総監
第15代:1978年 - 1980年
次代:
荒木一