飯塚恆雄

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飯塚 恆雄(恒雄、いいづか つねお、1937年 - )

音楽プロデューサー、音楽評論家。作家、エッセイスト。日本エッセイスト・クラブ会員。茨城県水海道市(現常総市)生まれ。1960年日本大学芸術学部卒業後、日本コロムビア株式会社に入社。音楽ディレクター、プロデューサーとして多くのヒット曲と話題のアルバムを制作。ピースフラッグ代表取締役。

日本コロムビア在籍当時に「白い色は恋人の色」「フランシーヌの場合」「白い蝶のサンバ」(デノンレーベル)、角川映画「野性の証明」「復活の日」「戦国自衛隊」の主題歌などのプロデュースを担当した。

ディレクター[1]、プロデューサーとして担当したアーティストは伊東ゆかり、財津和夫、町田義人、ピチカート・ファイヴ、ラウドネス、イエローモンキ―など多数[2]

 海外では1990年ロス・アンジェルスで黒人コーラス・グループA.S.A.Pを結成して『GRADUATION』『BOY FRIENDS GIRL FRIENDS』など荒井由実(松任谷由実)のカバー・アルバムのシリーズを制作。通算約百万枚のヒットとなり(1990、1991年度の日本コロムビアのゴールド・デイスク賞を受賞)。その後レコード業界で起こった「逆カヴァー・ブーム」のきっかけを作った[3]。演歌のアーティストが多い日本コロムビアの中でデノン・レーベル、トライアド・レーベルなど、ニューミュージック系、ロック系のレーベルを育てたプロデューサー[4]

日本コロムビア退社後は執筆活動に入り、音楽評論家として『月刊 プレイボーイ』ジャズ最強読本(№389/2007.6月号)『団塊パンチ』(Vol.3/2006.11.5発行)、『音楽現代』8月号(平成21年8.1発行)などの雑誌に寄稿。

    作家、エッセイストとして下記の著書がある。

  • 『カナリア戦史 〈日本のポップス100年の戦い〉』愛育社 1998
  • 『ぽぴゅらりてぃーのレッスン/ 村上春樹長編小説音楽ガイド』シンコー・ミュージック 2000(2002年、韓国・文学思想社がキム・ジンウク訳で出版。)
  • 『村上春樹の聴き方』角川文庫2002
  • 『みんなみんなやさしかったよ /太宰治と歩く「津軽」の旅』愛育社 2001
  • 『ニッポンのうた漂流記〈ロカビリーから美空ひばりまで〉』河出書房新社 2004
  • 『ぼくは「村上春樹」と旅をした』愛育社 2008
  • 『レコード・マンの世紀 〈黒船来航から、ひばり絶唱まで・・・〉』愛育社 2012
  • 長編小説『ジョバンニの切符をさがして』愛育出版 2018・7月

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  1. ^ 『カナリア戦史』著者紹介
  2. ^ 飯塚恆雄 (2004年9月20日). ニッポンのうた漂流記. 河出書房新社. 
  3. ^ “飯塚恆雄氏著「レコードマンの世紀」”. ミュージック・リポート(業界紙) 2134号(平成24・12・3). 
  4. ^ 飯塚恆雄 (2004.9.20). ニッポンのうた漂流記. 河出書房新社.