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飯塚富司

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飯塚 富司
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 栃木県佐野市
生年月日 (1962-09-01) 1962年9月1日(56歳)
身長
体重
183 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1983年 ドラフト3位
初出場 1984年9月25日
最終出場 1996年4月14日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

飯塚 富司(いいづか とみじ、1962年9月1日 - )は、元プロ野球選手、現プロ野球審判員

来歴・人物

栃木県立栃木工業高等学校から三菱重工横浜を経て、1983年度ドラフト会議にて阪急ブレーブスから3位指名を受けて入団。右投げ右打ちの外野手・一塁手で、ルーキーイヤーから一軍出場を果たす。層の厚い阪急外野陣において一軍に定着出来ず主に代打での出場であったが、ウエスタン・リーグでは1987年に首位打者、1989年には本塁打王に輝いている。

1994年11月に伊藤敦規と共に水尾嘉孝渡部高史堀江賢治との3対2の交換トレードで横浜ベイスターズへ移籍。翌1996年シーズン限りで現役引退。

引退後すぐにパシフィック・リーグの審判員となる。審判員袖番号は26。2006年には初めてオールスターゲームに出場した。2009年は関西担当のベテラン審判が相次いで引退したため一軍に定着。審判員としての通算出場数は1114試合(2017年シーズン終了時)。

2009年8月30日日本ハムソフトバンク第20回戦(札幌ドーム)で球審を務めた飯塚は、打者走者二岡智宏と捕手田上秀則が接触したプレーを二岡の守備妨害と判定し、抗議した日本ハム・梨田昌孝監督を遅延行為で退場処分とした。この件に関して日本ハムは翌31日、守備妨害には抵触せず[1]審判団のルール適用は誤りであるとして加藤良三コミッショナーへ提訴した[2][3]が、「規則の適用に誤りはなかった」として却下された。一方で審判部が講習会を開催したことも明らかにされた[4]

2016年8月17日、中日ドラゴンズ読売ジャイアンツ第16回戦(ナゴヤドーム)で一塁塁審を務め、史上125人目となる通算1000試合出場を達成した[5]

2018年6月29日の東京ヤクルトスワローズ阪神タイガース第7回戦(明治神宮野球場)にて、一死二塁でゴロを捕球した阪神の三塁手北條史也が三塁到達を目指したヤクルトの二塁走者藤井亮太に対しタッグを試みたが、藤井は大きく走路を外れる形でタッグをかいくぐり三塁へ到達、三塁審を務めていた飯塚はこれをセーフと判定した。藤井のスリーフィートオーバーを主張する阪神側に対して、飯塚は「明確なタッグ行為がなかった」[6]と説明した上で審判団による協議を拒否した。しかし公式記録においてこの一連のプレーが野手選択と記録されたこともあり(タッグプレーが無いと判断された場合は内野安打と記録される)、阪神は翌30日にNPBへ意見書を提出[7]。これを受けたNPBは7月4日、阪神に対して「走者のラインアウトを取るべきだった。他の審判員との協議もするべきだった」と回答するとともに、当該プレーにおける誤審を認めた[8]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1984 阪急
オリックス
3 10 9 1 2 0 0 1 5 1 0 0 0 0 1 0 0 1 0 .222 .300 .556 .856
1985 29 55 46 12 11 1 1 4 26 9 2 0 1 0 8 0 0 12 1 .239 .352 .565 .917
1986 44 64 50 7 9 3 0 1 15 7 0 0 2 2 8 0 2 9 1 .180 .306 .300 .606
1987 12 21 18 2 2 0 0 1 5 2 0 0 0 0 3 0 0 7 0 .111 .238 .278 .516
1988 22 74 65 8 14 4 0 1 21 6 1 1 0 0 7 1 2 20 2 .215 .311 .323 .634
1989 3 3 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 .000 .000 .000 .000
1990 14 24 22 2 2 1 0 0 3 0 0 0 0 0 2 0 0 6 1 .091 .167 .136 .303
1991 9 6 6 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .000 .000 .000 .000
1992 23 32 30 5 7 1 2 1 15 6 0 0 0 0 2 0 0 12 1 .233 .281 .500 .781
1993 57 122 105 12 25 5 0 5 45 18 2 0 1 2 14 0 0 40 1 .238 .322 .429 .751
1994 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
1995 横浜 15 18 16 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 2 0 0 5 0 .063 .167 .063 .230
1996 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
通算:13年 233 431 372 50 73 15 3 14 136 49 5 1 4 4 47 1 4 117 8 .196 .290 .366 .656
  • 阪急(阪急ブレーブス)は、1989年にオリックス(オリックス・ブレーブス)に球団名を変更

記録

背番号

  • 2 (1984年 - 1987年)
  • 24 (1988年 - 1994年)
  • 9 (1995年 - 1996年)

審判出場記録

(記録は2017年シーズン終了時)

脚注

  1. ^ 当時の公認野球規則7・09原注(現6・01(a)(11)原注)「捕手が打球を処理しようとしている時に、捕手と一塁へ向かう打者走者とが接触した場合は、守備妨害も走塁妨害もなかったものとみなされて、何も宣告されない」
  2. ^ 提訴試合に関する審議の請求について北海道日本ハムファイターズ 2009年8月31日
  3. ^ ハム「守備妨害」判定で提訴試合申し入れnikkansports.com 2009年9月1日
  4. ^ 日本ハムの提訴試合却下、審判に誤りなしnikkansports.com 2009年9月25日
  5. ^ 飯塚富司審判員 1000試合出場達成のお知らせ - NPBニュース(日本野球機構オフィシャルサイト)、2016年8月17日
  6. ^ 公認野球規則5・09(b)(1)「走者が打球を処理している野手を妨げないための行為であれば、この限りではない」
  7. ^ 阪神、判定不服でNPBに意見書提出 デイリースポーツ 2018年6月30日
  8. ^ NPBがまた誤審認める 阪神に回答、ヤクルト戦の走塁判定巡り SANSPO.COM 2018年7月4日

関連項目

外部リンク