飯塚事件

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飯塚事件
場所 日本の旗 日本 福岡県飯塚市
日付 1992年(平成4年)2月20日
概要 小学1年生の女児2名が性的暴行を加えられた上、絞殺されて林道に遺棄された。
死亡者 2人
被害者 小学1年生の女児
犯人 事件当時52歳の無職[1]男性
動機 性目的
対処 死刑(執行済み)
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飯塚事件(いいづかじけん)とは、1992年(平成4年)2月20日福岡県飯塚市で2人の女児が殺害された事件。逮捕起訴された久間 三千年[2][3][4](くま みちとし)に死刑判決が下り、2008年に執行された。一部メディアは冤罪疑惑を採り上げ、翌2009年に久間の妻[5]再審請求したが、2021年に再審請求棄却が確定した。

事件の概要[編集]

事件発生[編集]

1992年2月20日朝、福岡県飯塚市で同じ小学校に通う1年生の女児2人(ともに当時7歳)が登校途中にそろって行方不明になった[6]

翌21日午後0時10分頃、同県甘木市(現朝倉市)と嘉穂郡を結ぶ国道を自動車で走行中の団体職員の男性が、小用を足すために車から降りたところ、崖下にマネキンのようなものが2体捨てられているのを発見し通報[7]、駆けつけた捜査員が、道路から約10メートル下の雑木林で、女児2人の遺体を発見する[6]。同日午後9時頃、甘木署にてそれぞれの両親が遺体を確認、署長が発表した[8]

捜査[編集]

捜査本部は、事件発生から5日後の2月25日、被害者と同じ校区に住む[9]無職男性久間三千年(当時54歳)宅を訪問し、事件当日のアリバイなどを事情聴取している[10]

同年3月20日[11]、久間を重要参考人として取り調べ[7][12]ポリグラフ検査を実施したほか、毛髪と指紋の任意提出を促した[12]。女児殺害に関して、犯人と久間のDNA型がほぼ一致するという鑑定結果が出たものの逮捕には至らなかった[13]

1994年9月23日、女児の衣服についていた繊維片が久間所有の車のシートのものと一致したとして[14]死体遺棄容疑で久間を逮捕。同10月14日に殺人等で久間を再逮捕。同日、福岡地検は死体遺棄で久間を起訴し、同年11月5日には殺人・略取誘拐でも追起訴した。

裁判[編集]

カギ括弧内は判決文をそのまま引用。

第一審・福岡地裁判決[編集]

一審の福岡地方裁判所1999年9月29日判決は、

車両に関して[編集]

  • 2人が誘拐されたと認められる時刻・現場において、XとWが紺色・後輪ダブルタイヤのワンボックスタイプで窓に色付きフィルムを貼った自動車を目撃したこと[15]、及び、遺留品発見現場の直近でTが紺色・後輪ダブルタイヤのワンボックスタイプで窓に色付きフィルムを貼った不審車両を目撃したこと[16]から、「これが本件犯人の使用していた自動車であるという疑いが極めて濃厚である」ところ、久間が同じ特徴の車を有していたこと[17]
    • 他に該当車の所有者は9名いたが、すべてアリバイが成立し、色付きフィルムも貼っていなかった[17]

繊維片に関して[編集]

  • 繊維片の特徴が合致したことから、被害児童の着衣から発見された繊維片が久間所有車の座席シートの繊維片である可能性が極めて濃厚であること[18]
    • 福岡県警察科学捜査研究所、警察庁科学警察研究所、東レユニチカの鑑定結果より[18]

後部座席の血痕・人尿痕に関して[編集]

  • 被害者両名が出血・失禁した状態で発見された一方で、久間所有車の後部座席やマットから血痕・人尿痕が検出され誰かが「相当量の出血」と「かなりの量の尿をもらしたこと」が認められるところ、久間がその付着の原因について納得のいく合理的な説明をすることができないこと[19]
    • 久間の妻は捜査段階で自分も長男も車内で出血したりおしっこをもらしたりした記憶はないと「断定的な供述」[19]をしていたが、「2年以上経過した公判段階で、(中略)ことさらに捜査段階の供述が間違っているかのような供述をする」[19]ようになったため、その「公判供述をたやすく信用することはできない」と判示された[19]。なお、久間は後部座席を「取り外してホースで水をかけて洗った」[19]ため、「座席シートの表面には肉眼では血痕が認められない」[19]ほどであり、一審判決時点ではそこからDNAの型は検出されなかった[19]

被害者膣内等の血痕に関して[編集]

  • 被害者の膣内やその周辺に存在していた血痕と久間の血液型及びDNAのMCT118型が合致したこと[20]
    • 福岡県警察科学捜査研究所、警察庁科学警察研究所の鑑定結果より。もっとも、1人の血液ならば約266人に1人一致することから、この結果は「決定的な積極的間接事実とはなりえない」と判示された[20]。なお、3番目の帝京大の石山鑑定で久間のDNAが現れなかった点は、「石山鑑定の段階では、ごく少量の綿をつまみ取ってよったようなものに、かすかに色がついているかどうかという状態」まで血痕を費消した等の理由で検出できなかったと述べられ、「この違いは、法廷でそれを知った証人石山が驚くほどのものであった」と判示された[20]。また、鑑定人は、DNAのHLADQα型でも久間に不利な内容を推定したが、判決では、HLADQα型のキットでは混合血液で積極的に型判定ができない場合もあること等が指摘され、犯人のHLADQα型は特定できないと判示された[20]

陰茎から出血していた状況の合致に関して[編集]

  • 被害者の膣内や膣周辺部から犯人の血痕が検出されたが下着等には血痕が付着していなかったため、犯人の手指ではなく陰茎が出血していた可能性が高いといえるところ、久間が亀頭包皮炎に罹患しており陰部から容易に出血する症状を有していたこと[21]
    • 久間が通院した泌尿器科の医師の証言より[21]。久間は、捜査段階で「シンボル(陰茎)の皮がやぶけてパンツ等にくっついて歩けないほど血がにじんでしまう」[21]「事件当時ごろも挿入できない状態で(中略)セックスに対する興味もなかった」[21]と性的暴行との関連を否定していたにも拘わらず、犯人の血痕が発見された公判段階では突如完治していたという供述に変更した[21]ため、捜査段階での病状に関する供述が信用できると判示された[21]。また久間とその妻は、ある薬局でフルコートFという皮膚薬を購入した事実は全くないと一貫して主張していたが、同店の経営者と元店員が久間を強力な皮膚薬を購入する常連客として覚えていたため、久間とその妻の供述は「明らかに虚偽であるといわざるを得ない」と判示された[21]

アリバイに関して[編集]

  • 久間のアリバイを直接に裏付ける証拠はなく、間接的ものとして久間自身と妻の供述が、捜査段階と公判段階で変遷しており、証拠として成立しないこと[22]
    • 当日のアリバイについて、久間は、捜査段階で、妻を職場に送って一度帰宅した後に実母宅に向かったと述べていた[22]が、捜査官の再現によって女児が行方不明になった時間に久間が現場を通過する結果になったところ[22]、公判段階で、妻を送った後まっすぐ実母方に向かったと供述を変更した[22]。また、事件当日の行動を思い出した時期ときっかけも、捜査段階では、3月20日に「刑事が帰った後で、あの日は何をしていたのかなあと思って思い出した。妻とは事件の話をしていないので、妻と話し合っているうちに思い出したということはない」と供述していた[22]が、公判段階では、2月25日頃に妻が事件当日のことではないかと挙げた話を聞いて思い出した、と供述を変更した[22]。そのため、「アリバイに関する供述は(中略)信用できない」と判示された[22]。また、久間の妻の供述も、久間が実母方に行った日について、捜査段階では「事件当日の前後頃だったと思う」と曖昧な記憶であった[22]のに、公判段階では事件当日であると特定するようになっており[22]、「たやすく信用できない」と判示された[22]

など、主として6つ情況事実群を総合評価して、久間が犯人であることについては合理的な疑いを超えて認定することができる[23]として、久間に死刑判決を下した。

ほか、弁護人は、犯人は情性欠如型の性格異常者と想定されるのに対して久間は本件のような犯罪を犯すはずがないと主張し、久間の性格鑑定を申請したため、裁判所が大学の精神医学教室に鑑定を依頼したところ、鑑定結果では、久間は「情性欠如型の性格異常者と判断され、(中略)犯罪を犯す本来的な傾向を十分もっている」と結論付けられた[24]。しかし、このように久間に不利な結果が示されたが、裁判所は「鑑定の結論は採用することができない」と判示し、証拠として採用しなかった[24]

控訴審・福岡高裁判決[編集]

控訴審福岡高等裁判所2001年10月10日判決は、第一審で認められた状況証拠を同様に評価したほか、

  • 久間所有車内の血痕が新たなDNA型鑑定法によって検出可能になったところ、そのTH01型・PM型が、「鼻血がかなりの量出た」[19]方の被害者のものと合致したこと[1]を新たに認め、「その血痕がA子に由来するものであることを更に補強しているものと認めるのが相当である」[1]
  • Tの目撃証言が詳細すぎることから警察の誘導があったという久間側の主張に対しては、Tは森林組合勤務で現場付近の山中につき知識・経験があるところ、冬季に現場を通行する車両は珍しく通行の妨げになる所に不審車両が停車していたことや、そばにいた者が手をついて倒れて目が合うのを避けるようにしていたこと、翌日に遺体発見をラジオで知って不審車両を同僚Jに話していたなどの事情に照らすと、「証言に現れた程度の内容を観察し記憶にとどめ続けることは十分可能である」[1]。そして、そのTの同僚Jによる公判での「証言によると、Tの供述内容は、既に事件の翌日にJらが聞いていたものと同じであること」[1]から、「警察官の誘導により得られたことはうかがわれない」[1]
    • なお、心理学者の嚴島行雄日本大学教授による実験に基づく鑑定は、車の往来の激しい桜開花時に行われて約30秒に1台の割合で対向車両が存在していたことや、目撃車両とは異なり前後輪のタイヤの大きさが同じでダブルタイヤに気付きにくい状態でなされていたことなどから、「その結果は到底採用できないものといわなければならない」[1]とされた。
  • WとXの目撃証言に警察官の誘導があるとの久間側の主張に対しては、車両についての聞き取りは事件の数か月後であったが、両名は事件発生後間もなく警察官から被害者について聞かれたことで「事件との関係を念頭にその場所における体験を繰り返し想起していることが考えられ」[1]、くわえて、Xは「目撃したその車両に接触されそうになったという強い心理的緊張、強烈な体験を伴った記憶として、その車両についての具体的な記憶を保持している」[1]、Wは「Xから、『今、ひかれそうになった。』と訴えられてその車両が疾走していくのを30メートル程度前方に見たというのであるから、大まかな特徴を記憶にとどめているのは決して不自然ではない」[1]
    • このうちWは、新聞社の取材に対して、「ダブルタイヤで人気があった車なので、車種を覚えていた。午前8時半に知人と通学路で待ち合わせしており、日付も時間も間違いない」と述べている[25]
  • 久間のアリバイ供述について、女児2名が久間のまさに通行する場所で行方不明となり遅くとも翌日には捜索・検問となったことで、久間にとって「前日の自分の行動がどうであったか否応なく思い返さざるを得ない心理状態にあった」[1]のにくわえて、数年前の女児行方不明の最終目撃者として自身が疑われかねない経験があったのであるから、「今回の事件でも本件の発生状況を知った際、直ちに犯行時刻ころの自分の行動につき確かめ、その主張するようなアリバイに当たる事実があれば、これで自分は疑われなくて済む、という安堵を伴う強烈な印象をもってその事実を再確認し、脳裏に焼き付けることになったはず」[1]であるから、「被告人は当日の行動につき十分な記憶を有しているにもかかわらず、信用できないアリバイ主張をしていることになる」[1]
  • 本件は、被害者2名が同時に誘拐されて犯人車両に容易に乗車したと見られるため、「被害者と顔見知りの者による犯行と推認されるところ」、久間は日中長男の友達を含む子供らと遊ぶなどして知られており、「被害者らとは顔見知りになっていたことがうかがわれる」[1]

との新たな判示をした。そして一連の証拠について、「これらの情況事実は、いずれも犯人と犯行とを結びつける情況として重要かつ特異的であり、一つ一つの情況がそれぞれに相当大きな確率で犯人を絞り込むという性質を有するものであり、これらは相互に独立した要素であるから、その結果、犯人である確率は幾何級数的に高まっていることが明らかである」として、死刑判決を維持した[1]

上告審・最高裁判決[編集]

最高裁判所2006年9月8日第二小法廷判決は、「被告人が犯人であることについては合理的疑いを超えた高度の蓋然性がある」[26]として、裁判官全員一致の意見で上告棄却し、久間の死刑が確定した。

死刑執行[編集]

2008年10月28日福岡拘置所において久間の死刑が執行された[27]朝日新聞は、2018年における再審請求控訴審の棄却を報道する際、2008年の死刑執行に対して「刑が確定してから約2年という異例の早さ」と報じているが[28]、2008年から民主党政権になるまでは、この事件に限らず、確定から執行までの期間が2~3年であった[29][30]

再審請求[編集]

2009年10月28日、久間元死刑囚の妻[5]は、福岡地方裁判所再審請求した[31][32][33]

弁護団の再審請求の趣旨及び理由は、次の3点である[34]

  • 本田克也筑波大学教授の鑑定書等から、科警研が実施した血液型鑑定及びDNA型鑑定の各証拠能力ないし信用性が否定されること
  • 足利事件の再審判決等から、科警研のDNA型鑑定の証拠能力が否定されること
  • 嚴島教授による、「第1次実験について確定控訴審から指摘された諸々の問題点を是正し、Tが不審車両を目撃した条件にできるだけ近付ける形」[34]でなした新たな実験に基づく鑑定書(嚴島第2次鑑定書)等から、自動車の目撃証言のうちTの目撃供述の信用性が否定されること

福岡地方裁判所2014年3月31日決定平塚浩司裁判長)は、

  • 本田教授が犯人のDNA型であることが否定できないとするX-Yバンドについては、その根拠がX-Yバンドがアレルバンドであると認める根拠とはならないか抽象的な可能性を示すにとどまり、「X-Yバンドがアレルバンドである可能性が高いと認めることはでき」ず[34]、「X-Yバンドはエキストラバンド」[34](鑑定の過程で生じる余分な帯[35])「であると認めるのが相当である」[34]
  • 足利事件再審判決は、「同事件当時の科警研によるDNA型鑑定の信頼性について一般的に判示したものでない」[34]
  • 嚴島教授による第2次実験は、「目撃者をTに似せることはできないので、能力も性格も異なる多くの被験者を用意して、その記憶の成績の分布によりT供述の確からしさを検証するとの方法を用いたとするが」[34]、目撃現場付近の道路を通行した経験の有無など「重要な点においてなおTの目撃条件と異なっており、Tと同等以上に知覚、記憶を促進するようなものになっていたとは認め難い」[34]

として再審請求を棄却した[34]。久間の妻は、福岡高等裁判所即時抗告した。

福岡高等裁判所2018年2月6日決定岡田信裁判長)は、

  • 久間側が、Tの同僚Jの公判での証言(Tの目撃証言は事件翌日と翌々日にJが聞いた内容と合致している)もまた警察の誘導の影響を受けている旨主張したのに対して、「Jは、Tから、紺色のダブルタイヤのボンゴ車かワゴン車を目撃した旨聞いたという核心部分については一貫して供述している(証拠略)のであって、所論が指摘する点を検討しても、前記核心部分につき、K警察官が、Jに対して、供述すべき内容を示唆、誘導したような事情は窺われない」[36]

などとして即時抗告を棄却した。2018年2月13日、久間の妻は、最高裁に特別抗告した[37]

最高裁判所2021年4月21日決定は、「新証拠はいずれも確定判決の認定に合理的な疑いを生じさせるものではないという原々決定の判断を是認した原決定の判断は、正当である」として、裁判官全員一致の意見で抗告を棄却した。

福岡県飯塚市7歳女児行方不明事件[編集]

1988年12月4日、本件被害者と同じ小学校の1年生女児(7歳)が[3]、弟とともに久間の息子を訪ねて100メートル離れた[38]久間宅に遊びに行った後、行方不明となる事件が発生していた[39][40][41]。なお、久間が最後の目撃者である[42]

福岡県警は、1994年の逮捕後に久間のポリグラフに対する顕著な反応が出たことがきっかけで[43]久間や女児の住む団地近くの雑木林を捜索した[44]結果、女児のジャンパーとトレーナーを発見し[39]、女児の母親が確認した[45]。県警には、団地近くの山林に久間が当時頻繁に出入りしていたとの情報が寄せられていた[44]。発見された衣類は比較的傷みが少ない状態であり[46]、捜査幹部によると、失踪後数年してから捨てられた可能性があるという[47]。その後、衣類発見現場から約3メートル離れた土中から子供のような骨3点が見つかった[48]が、骨自体が小さく骨髄液を検出できなかったため、人骨と断定できないという結論となった[49]

久間は、事件当日に女児と会ってチョコレートをあげたということは認めており[50]、女児の衣類を見せられると動揺した様子をみせて「骨も一緒にみつかったのか」などと捜査員に質問した[48]。しかし、「自分は事件とは無関係だ」と供述する[51]など、事件の関与については全面否定した[52]。その後進展なく1995年2月18日、捜索は打ち切られ、現在も未解決であり、事件に巻き込まれたのか事故に遭ったのかも不明。

冤罪疑惑[編集]

無罪主張[編集]

久間は逮捕前から刑死する直前まで一貫して無罪を主張した。逮捕前にはマスメディアの取材に応じ「アリバイ以上のものを持ってる。100%関係ない。やってないものをやったと思われたことだけは、白黒必ずつける。」などと語っていた[2]

足利事件との関係性[編集]

「西の飯塚、東の足利」と言われてきた通り[53][54]、本件と足利事件の両事件はMCT118型検査法によるDNA型鑑定が同じ時期に同じ方法で、同じ鑑定技官[3][4]によって実施されたという共通性は認識されていた[55]

2008年10月16日、足利事件の再鑑定が行われる旨の報道がされた。その12日後の10月28日、本件での久間の死刑が執行された。2009年6月4日、足利事件で服役中の菅家利和が最新のDNA型鑑定などによって事実上の無実釈放となる。足利事件は、当時の123塩基マーカーで計測したMCT118型の鑑定結果を、アレリックラダーマーカーで再計測したところ、犯人と菅家のDNA型が一致しないことが明らかになったものであった。それに対して、本事件は、第二審でアレリックラダーマーカーで検証されているほか、新たに開発されたTH01型とPM型の検査法によっても久間が犯人であることと矛盾しない結果が出ている[1]点で異なる。足利事件ではDNA型がほぼ唯一の証拠であり、その証拠力が最大の争点となったが、本事件では複数の状況証拠が存在し、血液型とMCT118型の一致は「決定的な積極的間接事実とはなりえない」と判示されている点でも異なる。また、足利事件は、日本弁護士連合会が支援する再審事件であったが[56]、本事件の再審請求は日弁連によって支援されておらず、2014年3月31日の再審請求棄却決定時に日弁連会長が決定を容認できない旨の声明を出したに止まった[57]

妻の訴え[編集]

2017年9月3日、NNNドキュメント'17「死刑執行は正しかったのかⅡ飯塚事件 冤罪を訴える妻」にて久間の妻がマスコミの取材に応じている姿が放送された[4]

テレビ番組[編集]

  • news every.「福岡・飯塚事件~死刑執行は正しかったのか?~」(日本テレビ、2013年4月11日[58]
  • NEWS ZERO「飯塚事件」~死刑執行は正しかったのか~」(日本テレビ、2013年4月11日[2]
  • NNNドキュメント'13「死刑執行は正しかったのか 飯塚事件 “切りとられた証拠”」(日本テレビ、2013年7月28日[3]
  • NNNドキュメント'17「死刑執行は正しかったのかⅡ飯塚事件 冤罪を訴える妻」(日本テレビ、2017年9月3日[4]

参考文献[編集]

  • 飯塚事件弁護団編『死刑執行された冤罪・飯塚事件 久間三千年さんの無罪を求める』(現代人文社、2017年)

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 福岡高裁判決
  2. ^ a b c 「飯塚事件」~死刑執行は正しかったのか~ NEWS ZERO
  3. ^ a b c d 死刑執行は正しかったのか 飯塚事件 “切りとられた証拠”NNNドキュメント'13
  4. ^ a b c d 死刑執行は正しかったのかⅡ 飯塚事件 冤罪を訴える妻 NNNドキュメント'17
  5. ^ a b 朝日新聞 - ウェイバックマシン(2014年3月31日アーカイブ分)
  6. ^ a b “小一女児二人殺される”. 朝日新聞. (1992年2月22日) 
  7. ^ a b 青木理『絞首刑』第8章 講談社文庫。
  8. ^ “連れ立ち登校 帰らぬ二人”. 朝日新聞. (1992年9月22日) 
  9. ^ “身近に逮捕者、やり切れぬ”. 朝日新聞(西部). (1994年9月24日夕刊) 
  10. ^ 緊急集会 いまこそ死刑執行停止を!『袴田事件』と『飯塚事件』
  11. ^ “女児殺しの「重要参考人」を刑事傷害容疑で逮捕”. 毎日新聞(大阪). (1993年9月29日夕刊) 
  12. ^ a b “54歳無職男性を逮捕”. 朝日新聞. (1994年9月24日夕刊) 
  13. ^ 日本経済新聞 1994年9月24日
  14. ^ 毎日新聞 1994年9月24日
  15. ^ 福岡地方裁判所判決 三 被害児童が最後に目撃された時刻、場所と接着した時刻、場所で目撃された自動車について
  16. ^ 福岡地方裁判所判決 二 被害児童の遺留品発見現場付近で目撃された自動車及び人物について
  17. ^ a b 福岡地方裁判所判決 四 被告人が本件犯人像と矛盾しないことについて
  18. ^ a b 福岡地方裁判所判決 五 被害児童の着衣等に付着していた繊維片について
  19. ^ a b c d e f g h 福岡地方裁判所判決 六 被告人車内から検出された血痕及び尿痕について
  20. ^ a b c d 福岡地方裁判所判決 七 被害児童の身体等に付着していた血液の血液型及びDNA型について
  21. ^ a b c d e f g 福岡地方裁判所判決 八 本件前に被告人が亀頭包皮炎を発症していたことについて
  22. ^ a b c d e f g h i j 福岡地方裁判所判決 九 被告人に犯行の機会があったこと(アリバイが成立しないこと)について
  23. ^ 福岡地方裁判所判決 一一 結論
  24. ^ a b 福岡地方裁判所判決 一〇 被告人の性格鑑定について
  25. ^ 読売新聞1994年9月26日西部夕刊7面。
  26. ^ 最高裁判所判決
  27. ^ “K死刑囚ら2人刑執行 ペース定着、年間最多更新”. 共同通信. (2008年10月28日). オリジナルの2015年1月6日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150106112936/http://www.47news.jp/CN/200810/CN2008102801000314.html 
  28. ^ https://www.asahi.com/articles/ASL2444HYL24TIPE00C.html?iref=pc_ss_date
  29. ^ https://news.yahoo.co.jp/profile/author/maedatsunehiko/comments/
  30. ^ http://www.geocities.jp/masakari5910/satsujinjiken_shikei03.html
  31. ^ 日本弁護士連合会 第62回人権擁護大会シンポジウム 第3分科会基調報告書 えん罪被害救済へ向けて 今こそ再審法の改正を 日本弁護士連合会 2019年10月3日 84-86頁。 (PDF)
  32. ^ [1] 読売新聞[リンク切れ]
  33. ^ 「当時のDNA鑑定、足利事件と同じ」死刑執行後に再審請求.朝日新聞.2009年10月29日朝刊
  34. ^ a b c d e f g h i 福岡地方裁判所2014年3月31日決定
  35. ^ https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG31011_R30C14A3CC0000/
  36. ^ 福岡高等裁判所2018年2月6日決定
  37. ^ 2018年2月14日中日新聞朝刊28面
  38. ^ 毎日新聞1991年12月5日夕刊2面
  39. ^ a b 読売新聞西部 1995年1月3日
  40. ^ 朝日新聞 1994年11月11日夕刊
  41. ^ 読売新聞 1994年11月11日
  42. ^ 福岡高裁判決 五 被告人の車両保有事実並びに当日の行動及びアリバイについて
  43. ^ 1995年2月11日日本経済新聞西部朝刊17面
  44. ^ a b 毎日新聞1994年11月12日中部朝刊23面
  45. ^ 朝日新聞1994年11月12日31面
  46. ^ 西日本新聞 1994年11月12日
  47. ^ 日本経済新聞1994年11月12日朝刊35面
  48. ^ a b 朝日新聞1995年2月11日朝刊31面
  49. ^ 読売新聞1995年3月8日西部夕刊7面
  50. ^ 朝日新聞1994年11月12日夕刊11面
  51. ^ 日経新聞1995年2月11日大阪朝刊16面
  52. ^ 西日本新聞 1995年1月10日
  53. ^ 西日本新聞 2014年4月1日
  54. ^ 「足利事件DNA再鑑定と飯塚事件死刑執行の接点」2分20秒以降 ビデオニュース・ドットコム
  55. ^ 飯塚事件の再審請求はなぜ、棄却されたのか | プレジデントオンライン | PRESIDENT Online
  56. ^ [2] 日本弁護士連合会
  57. ^ [3] 日本弁護士連合会
  58. ^ 福岡・飯塚事件~死刑執行は正しかったのか?~ news every.