飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群

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飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群(あすか・ふじわらのきゅうととそのかんれんしさんぐん)は、ユネスコ世界遺産文化遺産)暫定リストに掲載されている奈良県飛鳥地方にある史跡等の総称。報道や観光案内では「飛鳥・藤原」と略されることがある。

2006年11月に奈良県他により「飛鳥・藤原-古代日本の宮都と遺跡群」として暫定リスト追加掲載の提案が行われ[1]、翌2007年1月23日文化庁富岡製糸場と絹産業遺産群群馬県)、富士山-信仰の対象と芸術の源泉静岡県・山梨県)、長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産長崎県熊本県)とともに追加申請を決めた[2]

2020年3月30日、奈良県は遺産価値を説明した推薦書素案を文化庁に提案したことを明らかにしたが(27日提出・30日受理)[3]新型コロナウイルス感染症の流行の影響で国内候補地の選定が行われないことになった[4]2021年3月30日に改めて素案を提案するも文化庁が委任する諮問機関の文化審議会が「価値の証明が不十分である」として正式推薦候補にはなれず(この時は佐渡島の金山を選定)、次いで2022年6月29日に2024年審査候補として再提案したが[5]、2023年審査予定だった佐渡金山が書類不備のため1年順延となり[6]、2022年開催予定であった第45回世界遺産委員会ロシアによるウクライナ侵攻で開催未定となったこともあり(委員会開催国がロシアだった)[7]、現時点では2025年の本審査を目指している。

遺産に含まれる文化財[編集]

特記のないものはすべて国指定の史跡であり、明日香村桜井市橿原市の1村2市に所在する。2022年現在で20ヶ所から構成される。以下、各自治体における掲示順位は推薦書原案に掲載されている順番に倣っている。

明日香村[編集]

桜井市[編集]

橿原市[編集]

推薦書原案で除外された資産[編集]

推薦書原案作成の過程で、「顕著な普遍的価値」が立証できないと判断され、当初予定していた構成資産から除外されたものがある[3]

飛鳥稲淵宮殿跡飛鳥池工房遺跡マルコ山古墳岩屋山古墳定林寺跡、岡寺跡(以上、明日香村)、植山古墳丸山古墳(以上、橿原市)

顕著な普遍的価値[編集]

中国朝鮮半島との国際交流の価値から「東アジアの文化と技術交流により、古代日本に一大変革を起こした物証」であり、「東アジア諸国のうち国家形成の過程が明確にわかる唯一無二の資産」と位置付ける。

メインテーマを「統一国家"日本国"の形成と成立」とし、三つの「律令国家の中枢機構の形成過程」「国家宗教としての仏教寺院の成立」「律令による墓制の変化、律令国家形成の主人公の墳墓」というサブカテゴリーを設けて各資産をカテゴライズする[3]

真正性[編集]

世界遺産の推薦に際しては真正性英語版が登録条件として求められ、これは対象物が構築当初の資材のままで保たれていることに価値を見出すもの。復元に際してもユネスコが採択したヴェネツィア憲章において現地に残された原材料を用いるアナスタイローシス英語版を推奨している。木造建築の日本では修復を繰り返すことで継承してきた建造物が多く、世界遺産推薦時の障壁となったが、飛鳥・藤原では石造物が主体であり、発掘で検出された石組遺構は出土素材を用い丁寧に復元している[8]

真正性に関しては真正性の奈良文書英語版が定められており、「形態と意匠」「材料と材質」「用途と機能」「伝統と技術」「立地と環境」「精神と感性」といった子細な属性に言及している[9]。飛鳥・藤原では構成資産候補にそれぞれ見合う解釈を展開しようとしている[10]

法的保護根拠[編集]

世界遺産の推薦に際しては完全性として、開発による環境破壊文化的環境含む)を規制し、損壊した際に刑法建造物等損壊罪礼拝所及び墳墓に関する罪などとは別に、罰則が科せられる法律による保護の担保が必要となる。

主要な構成資産候補は文化財保護法の史跡指定をうけており、古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法(古都保存法)の適用もうけている。

特に明日香村に関しては明日香村のためだけに明日香村における歴史的風土の保存及び生活環境の整備等に関する特別措置法が制定されている。

この他、景観法に基づく景観条例も整備されている。

宮内庁所管の天武・持統天皇陵は皇室典範によって定められているが、陵墓に対する犯罪不敬行為に関する罰則項目はなく(旧皇室陵墓令では規程があった)、国有財産法による皇室財産としても百舌鳥・古市古墳群が世界遺産に登録された際に法的保護根拠とはしなかった経緯もあり、飛鳥・藤原京でもこれに準じた。

課題[編集]

世界遺産の必須条件である顕著な普遍的価値とは、世界史に照らし唯一無二の存在であることや世界に与えた影響などを国際学術的に証明し認めてもらうことであるが、世界的に見て日本という国家の成り立ちが世界史上でどれだけ重要性があるかや、中国や朝鮮半島からの影響が色濃く文化の独自性が弱いといった指摘がなされている。

また、上掲の構成資産候補は①古墳、②石造物、③考古遺跡埋蔵文化財)、④建造物寺院)、⑤景観()に大別されるが、世界遺産では同一国内や近隣国の先行登録類似物件との違いを立証しなければならず、古墳や建造物に関しては同時代のものが内外で既に登録されており(「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群新原・奴山古墳群韓国慶州歴史地域百済歴史地域など)、遺跡に関しては大半が保護のため埋め戻されており土中にあって視覚的に確認できないことも指摘されている[11][12]

観光対策[編集]

世界遺産登録に伴い大挙押し寄せる観光客による観光公害環境負荷)が世界遺産に与える影響を鑑み、ユネスコは推薦段階から具体的な対策案を示すことを求めるようになった。飛鳥に関しては世界遺産登録を目指す以前から観光地として人気があったこともあり観光コントロールには慣れており、レンタサイクルによるエコツーリズムも定着しているが、「明日香まるごと博物館地域計画」を策定して世界遺産登録後の来訪者急増を想定して備えている[13]

また、障害者高齢者の権利を擁護するユネスコは、世界遺産観光に際してのアクセシビリティを注視している。明日香村では「明日香村における歴史的風土の保存及び生活環境の整備等を今後一層進めるための方策はいかにあるべきか。」と題したアクションプランを策定し、史跡に影響を与えない範囲でのバリアフリー化などを推進している[14]

明日香村は文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光の推進に関する法律の地域計画に認定されてもいる。

持続可能性[編集]

ユネスコは近年、世界遺産の持続可能な保全英語版を求めるようになり、2012年に開催された「世界遺産条約採択40周年記念-世界遺産と持続可能な開発:地域社会の役割」(京都ビジョン)で世界遺産存続のため地域コミュニティの存在の重要性を説いた[15]。さらに2018年に長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産に対し、ユネスコ諮問機関の国際記念物遺跡会議(ICOMOS)による登録勧告において、消滅可能性自治体に名を連ねる地域の景観保持に関し人口減少の懸案を示唆したが[16]、これは明日香村でも指摘される可能性がある。このため明日香村では過疎地域の持続的発展の支援に関する特別措置法の適用をうけ対応を進めている[17]

気候変動対策[編集]

2021年に開催された第44回世界遺産委員会において、世界遺産保全に気候変動対策を盛り込むことが決定し、新規推薦に際して遺産影響評価(HIA)として被害想定シミュレーションと対策案を盛り込むことが義務付けられ、対応が求められる[18]。明日香村では「明日香村地域防災計画」を作成している[19]

価値の再編[編集]

上記の課題を克服し、飛鳥・藤原の独自性を見出すべく、従来の歴史学者や考古学者による専門家委員会に、日本の自然遺産に関与する植物学者の岩槻邦男や世界遺産で重視されるようになった文化的景観に通じる景観・都市計画のエキスパート五十嵐敬喜らを招聘し、新たな視点の模索を始めた。

文化審議会も最新の世界遺産の動向を分析し、新たな推薦候補には不動産有形財構築物である世界遺産の価値を補完できる関連する無形の要素やナラティブ(ストーリー性)が伴う必要を示したこともあり[20]、奈良県が音頭をとった世界文化遺産と無形文化遺産を連携させる「大和宣言」[21]を採択し、飛鳥時代から連綿と続く地域の伝統文化(例えば食文化から黒米赤米などの古代米飛鳥鍋)との関係性に触れたり、大和三山や田園風景も含めた文化的空間であること、当地で編纂された『万葉集』に詠まれた自然景観は現代に至る日本人の自然観がこの時代に和歌という表現方法を通して形成たされことにも言及する案が提唱された[22]

また、古墳壁画の修復保存が現地で行われており、その技術の高さは世界トップクラスであることを紹介し、文化財修復などを支援する国際センター的な役割を担わせることで相対的な評価を高めることになると元文化庁長官でユネスコ大使も務めた近藤誠一は示唆する[23]

2022年8月21日には自由民主党の「飛鳥古京を守る議員連盟」と公明党の「明日香村の保存・整備プロジェクトチーム」が荒井正吾奈良県知事らを交えて現地視察し、ここでも「価値をどうみせるかが重要」と確認し、斬新なストーリーやコンセプトの練り上げを進めることとした[24]

ガイダンス施設[編集]

世界遺産条約では第5条で「文化遺産及び自然遺産の保護・保存及び整備の分野における全国的または地域的な研修センターの設置」という条文があり、世界遺産近くにガイダンス施設・ビジターセンターを設置することを求めている。当然のことだが登録後に整備すれば構わない。但し、遺産の価値英語版を補完する関連史料(特に考古遺跡の場合は出土遺物)を場域留置英語版することで、正しい遺産の解釈英語版ができるとし、世界遺産と博物館指針に基づき、既存の資料館・博物館などの積極的な利用も促進する。その点、世界遺産候補の飛鳥・藤原には多くの展示施設が完備されている。

脚註[編集]

  1. ^ 「飛鳥・藤原」世界遺産提案書2007 (PDF)
  2. ^ >世界遺産暫定一覧表に追加記載することが適当とされた文化資産”. 文化庁 (2007年1月23日). 2022年10月5日閲覧。
  3. ^ a b c “「飛鳥・藤原」世界遺産に、奈良 推薦書素案を文化庁に提出”. 47NEWS. 共同通信. (2020年3月30日). https://www.47news.jp/news/4664997.html [リンク切れ]
  4. ^ “20年度の世界遺産候補の選定見送り”. 共同通信. Yahoo!ニュース. (2020年6月29日). https://news.yahoo.co.jp/articles/f190089700f5031553406e2ecf69a0493426ff90 [リンク切れ]
  5. ^ “「残された階段が見えてきた」奈良の荒井知事らが世界遺産登録目指す『飛鳥・藤原』”. MBSnews. Yahoo!ニュース. (2022年6月29日). https://news.yahoo.co.jp/articles/958c5a2fb7abd26d8789fd181c6376ce39014e00 [リンク切れ]
  6. ^ “佐渡金山、審査に未着手 ユネスコ、「推薦書の不備」指摘”. 共同通信. Yahoo!ニュース. (2022年7月28日). https://news.yahoo.co.jp/articles/59096adf4912044199fedf4214f14a4f8cffac0c 
  7. ^ “世界遺産会合延期、影響見通せず 松野官房長官”. 時事通信. Yahoo!ニュース. (2022年4月22日). https://news.yahoo.co.jp/articles/08002bf6d7d65d41fe7fc06e770938d7238c79f7 [リンク切れ]
  8. ^ 海野聡 『古建築を復元する 過去と現在の架け橋』吉川弘文館、2017年、259頁。ISBN 978-4642058445 
  9. ^ オーセンティシティに関する奈良ドキュメント (PDF) 文化庁
  10. ^ 『奈良県世界遺産ジャーナル』2号(2021年3月) 奈良県
  11. ^ 埋め戻し保存はユネスコの「考古遺産の管理運営に関する憲章」(ローザンヌ憲章)に基づく適切な処置であるが、見えない世界遺産は明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業三重津海軍所跡北海道・北東北の縄文遺跡群などでも課題となった
  12. ^ 地域デザイン学会(原田保・浅野清彦・庄司真人) 『世界遺産の地域価値創造戦略 -地域デザインのコンテクスト転換-』芙蓉書房出版、2014年、338頁。ISBN 978-4829506202 
  13. ^ 明日香まるごと博物館地域計画 (PDF) 文化庁
  14. ^ 明日香村における歴史的風土の保存及び生活環境の整備等を今後一層進めるための方策はいかにあるべきか。 (PDF) 社会資本整備審議会
  15. ^ 京都ビジョン”. 外務省 (2020年9月30日). 2022年10月2日閲覧。
  16. ^ 我が国の推薦資産に係る世界遺産委員会諮問機関による評価結果及び勧告について(第二報) (PDF) 文化庁
  17. ^ 過疎計画”. 明日香村. 2022年10月2日閲覧。
  18. ^ UNESCO Revises Its Climate Policy”. Union of Concerned Scientists (2021年7月31日). 2022年10月2日閲覧。
  19. ^ 明日香村地域防災計画 (PDF) 明日香村
  20. ^ 文化審議会世界文化遺産部会(第5回)議事次第 (PDF) 文化審議会世界文化遺産部会
  21. ^ Yamato Declaration on Integrated Approaches(大和宣言仮訳) (PDF) 文化庁
  22. ^ “世界文化遺産へ 「飛鳥・藤原」の推薦書素案に「万葉集」も”. NHK. (2021年3月30日). https://www3.nhk.or.jp/lnews/nara/20210330/2050006749.html [リンク切れ]
  23. ^ 世界遺産条約50周年・日本批准30周年フォーラム「世界遺産の歴史と未来像」 2022年10月1日(於:国際ファッション専門職大学)/読売新聞.(2022年10月2日)
  24. ^ “飛鳥・藤原を世界遺産に「価値の見せ方」重要 議連など現地視察”. 奈良新聞. (2022年8月21日). https://www.nara-np.co.jp/news/20220821214644.html 

関連項目[編集]

関連刊行物[編集]

  • 五十嵐敬喜、岩槻邦男、西村幸夫、松浦晃一郎 『日本の古代国家誕生 飛鳥・藤原の宮都を世界遺産に』ブックエンド、2019年、167頁。ISBN 978-4907083571 

外部リンク[編集]