顔良

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顔良
Yan Liang Qing portrait.jpg
後漢
将帥
出生 生年不詳
徐州琅邪国臨沂県?
死去 200年建安5年)
兗州東郡白馬県
ピン音 Yán Liáng
主君 袁紹

顔 良(がん りょう、簡体字: 颜良; 繁体字: 顏良、? - 200年)は、中国後漢時代末期の武将。

生涯[編集]

袁紹の部下武勇に優れた武将で、袁紹に信頼されていた。白馬の戦いでは、魏続を出合い頭に斬り捨て、宋憲を3合も、うち合わないうちに討ち取った。また、大斧を持つ猛将である、徐晃を追い払いそのほか曹操軍の10数名あまりの武将を討ち取り曹操、に圧勝した。翌日曹操軍先陣大将を討ち取ったが、その後山から、いきなり、関羽に奇襲をかけられる。態勢を整える暇なく、関羽の青龍偃月刀の餌食となった。

その他[編集]

顔氏家訓』によると、顔之推が顔良を同族と述べている。それが正しい場合は、顔良は徐州琅邪国臨沂県の人ということになる。

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 三国志』魏書10荀彧伝、荀攸伝 魏書1武帝紀 魏書6袁紹伝 蜀書6関羽伝
  • 後漢書』列伝64上袁紹伝上
  • 三国演義