頭塔
頭塔(ずとう)は、奈良市高畑町にある土製の塔。1辺30m、高さ10m、7段の階段ピラミッド状の構造をしている。奈良時代の建造で、東西南北の各面に石仏を配置する。1922年(大正11年)、国の史跡に指定された。
概要[編集]
頭塔は盛土の表面を石で覆い、44体の石仏を配した日本では稀有の仏塔である[1]。
『東大寺要録』の記録では、奈良時代の僧、実忠によって造営されたという[2]。そこでは「土塔」(どとう)と表記されている。一方で、平安時代の『七大寺巡礼私記』以来の、玄昉の首塚である、という伝承もある。「どとう」が転訛して「ずとう」と称されるようになり、玄昉首塚説との関連で、「頭塔」という漢字が当てられたものと考えられる。
昭和になってからの研究では、石田茂作が「奈良時代末期においてインドの新様式を取り入れた最先端な仏塔」と結論づけた[3]。
頭塔の各段には、浮彫(一部線彫)の石仏が配置されている。石仏のうち当初から露出していた13基が1977年(昭和52年)、重要文化財に指定され、2002年(平成14年)にはその後の発掘調査で見出された石仏14基のうち9基が追加指定されている[4]。石仏は当初は東西南北の各面に11基ずつ、計44基設置されていたものと推定される。東・西・北面の石仏は復元整備後、屋根付きの壁龕に安置されているが、南面の石仏は土の上に直接置かれている。
奈良文化財研究所による1986年(昭和61年)からの発掘調査終了後、北半部は復元保存、南半部は発掘前の現状保存の形で残されている。塔は版築による方形の土壇で、基壇は一辺32メートル、高さ1.2メートル。上壇になるにしたがって3メートルずつ縮小して、最上壇は一辺6.2メートルである。高さは奇数壇で1.1メートル、偶数壇で0.6メートル、基壇裾から最上壇までは約10メートルの高さである。
その形態に類似性が認められる日本国内の遺址として、堺市の大野寺に見られる「土塔」がある。
指定文化財[編集]
以下の石仏22基が「頭塔石仏」の名称で、一括して重要文化財に指定されている[5]。(*)は2002年追加指定。
- 浮彫如来及一侍者像(北面第一段右)(*)
- 浮彫如来及両脇侍二侍者像(北面第一段中央)
- 線彫如来立像(北面第一段左から2番目)(*)
- 浮彫如来及両脇侍二侍者像(北面第三段中央)
- 浮彫如来坐像(北面第五段右)(*)
- 浮彫三如来坐像(北面第五段左)(*)
- 浮彫如来及両脇侍二侍者像(北面第七段中央)
- 線彫諸尊像(東面第一段右から2番目)(*)
- 浮彫如来及両脇侍二侍者像(東面第一段中央)
- 浮彫諸尊像(東面第三段右)(*)
- 浮彫如来及両脇侍二侍者像(東面第五段右)(*)
- 浮彫二如来及六侍者像(東面第五段左)(*)
- 浮彫如来及両脇侍二侍者像(南面第一段中央)
- 浮彫如来及一侍者像(南面第一段左)
- 浮彫如来坐像(南面第三段右)
- 浮彫如来及両脇侍二侍者像(南面第三段中央)
- 浮彫如来坐像(南面第五段右)
- 浮彫如来樹下坐像(西面第一段右端)
- 浮彫如来及両脇侍二侍者像(西面第一段中央)
- 線彫涅槃図(西面第一段左から2番目)
- 浮彫如来坐像(西面第三段中央)(*)
- 浮彫如来及両脇侍二侍者像(西面第七段中央)
所在[編集]
- 奈良市高畑町921
- 見学希望者は、隣接するホテルウェルネス飛鳥路に申し出る(2015年8月以降、見学のための事前予約は不要となった)[6]。
- 多客期は「特別公開」と称して、ガイドが常駐し券売所も設けられる。
- 以前は前日までの予約が必要であった。なお、改修前は丘の上の方まで登って石仏を見学できた。
脚注[編集]
参考文献[編集]
関連項目[編集]
- 郡山城 (大和国) - 郡山城の石垣の中から頭塔の石仏浮き彫り1点が発見された。