韋皇后 (唐中宗)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
韋皇后
の皇后
在位 684年705年 - 710年

死去 710年7月21日唐隆元年6月20日
配偶者 中宗
子女 李重潤
長寧公主
永寿公主
永泰公主
安楽公主
氏族 京兆韋氏
父親 韋玄貞
テンプレートを表示

韋皇后(いこうごう、? - 唐隆元年6月20日710年7月21日))は、中宗の皇后。京兆府万年県の出身。韋玄貞の娘。しばしば韋后と呼ばれる。

生涯[編集]

中宗が即位すると、皇后となったが、やがて中宗が廃位され、湖北に流されそれに随行。夫婦は苦難の日々を送ったが二人の仲は良かったという。

神龍元年(705年)、武則天より譲位されて中宗が復位すると、武三思らと結託し、従兄の韋温とともに朝政を掌握した。景雲元年(710年)には自らの即位を意図し、娘の安楽公主とともに中宗を毒殺、温王李重茂(殤帝)を皇帝に擁立した。しかし間もなく李隆基(玄宗)が政変を起こし、その父である相王李旦(睿宗)が復位した。韋后は殺害され、その身分も庶人に落とされた。

子女[編集]