鞍手軌道

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鞍手軌道
概要
現況 廃止
起終点 起点:直方駅
終点:福丸駅
駅数 17駅(臨時駅2含む)
運営
開業 1914年3月10日 (1914-03-10)
廃止 1938年7月24日 (1938-7-24)
所有者 鞍手軌道
使用車両 車両の節を参照
路線諸元
路線総延長 13.76 km (8.55 mi)
軌間 914 mm (3 ft
電化 全線非電化
テンプレートを表示
停車場・施設・接続路線(廃止当時)
STR
国鉄筑豊本線伊田線
0.0 直方駅
exBHF STR
明神駅
exBHF STR
知古駅
exSTR eBST
新入駅*
exBHF STR
天神橋駅
xKRZu STRrf
国鉄:筑豊本線
exBHF
新入駅
exBHF
(臨)神新入駅
exBHF
鴨生田駅
exWBRÜCKE
粥田橋 犬鳴川
exBHF
龍徳駅
exBHF
本城駅
exBHF
(臨)田渕駅
exBHF
宮田駅
exBHF
羅漢駅
exBHF
長井鶴駅
exBHF
碇山駅
exBHF
芹田駅
exBHF
金丸駅
exKBHFe
13.76 福丸駅

*1945年廃止。1989年に新入駅(2代目)開業

鞍手軌道(くらてきどう)は、かつて福岡県直方市鉄道省筑豊本線直方駅から同県鞍手郡若宮村福丸の福丸駅を結んだ蒸気軌道およびその運営会社である。乗合自動車業も兼営した。軌道は自動車の発達により廃止された。

路線データ[編集]

歴史[編集]

鞍手軌道は直方駅と鞍手郡内要地を連絡することを目的とし、青柳郁次郎[1]ほか55人の有志の発起により設立された。1914年福丸側から開通し、翌年直方駅まで全通した。当初は蒸気機関車が客車を牽引していたが後にガソリンカーにかわった。1927年に青柳に代わり若宮村の石井徳久次が社長に就任する。 この間に自動車の発達が著しくなる。1921年に福丸自動車株式会社が設立され、6人乗りバス3台とタクシー3台の規模で福丸 - 直方間に運転を開始しその後バスの台数や路線も拡張していった。そのため鞍手軌道も1923年に自動車部を設け福丸 - 直方間に運転を開始し、台数を増やして6人乗りバス9台として直方 - 博多間、直方 - 飯塚間の路線も開通させた。やがて路線の競合した両社は1928年に鞍手軌道自動車部と福丸自動車から社名変更していた東筑自動車商会が合併し鞍手合同自動車株式会社となっていった。そして軌道は1938年に廃止された。なお鞍手合同自動車は西日本鉄道による福岡県のバス事業者統合に関係して、1944年に路線を廃止することになった[2]

年表[編集]

  • 1911年(明治44年)9月11日 - 特許[3]
  • 1912年(明治45年)3月19日 - 鞍手軌道株式会社設立[3]。本社は鞍手郡若宮村大字福丸。
  • 1914年(大正3年)3月10日 - 鞍手郡若宮村(福丸) - 同郡香井田村開業[3]
  • 1915年(大正4年)
    • 6月12日 - 鞍手郡香井田村大字龍徳 - 同郡新入村開業[3]
    • 10月28日 - 鞍手郡新入村 - 同郡直方町開業[3]
  • 1916年(大正5年)9月13日 - 鞍手郡若宮村 - 同郡吉川村の軌道敷設特許状が下付[4]1919年(大正8年)3月失効)。
  • 1930年(昭和5年)4月14日 - 瓦斯倫動力併用認可[3]
  • 1938年(昭和13年)7月24日 - 全線廃止[5]
  • 1943年(昭和18年)3月5日 - 会社解散決議[6]

開業区間の表示は地名なので駅名は不明。

運行状況[編集]

1日17回程度。全線60分であった。

駅一覧[編集]

直方 - 明神 - 知古 - 天神橋 - 新入 - 神新入(臨時) - 鴨生田 - 龍徳 - 本城 - 田渕(臨時) - 宮田 - 羅漢 - 長井鶴 - 碇山 - 芹田 - 金丸 - 福丸

筑豊本線直方駅前から同線の新入駅方面に並走し、犬鳴川にぶつかったところでヘアピンカーブを描いて筑豊本線と交差し、川上沿いに香井田村、若宮村福丸へと向かう。一部鉄道省桐野線(後の宮田線)と並走している。福丸駅跡はJR九州バス福丸バスセンターになっている。

接続路線[編集]

直方駅:鉄道省筑豊本線

輸送・収支実績[編集]

年度 乗客(人) 貨物量(トン) 営業収入(円) 営業費(円) 益金(円) その他益金(円) その他損金(円) 支払利子(円)
1914 84,500 8,039 6,999 1,040
1915 148,024 913 16,087 11,897 4,190 利子727 2,466
1916 310,832 11,372 31,759 20,130 11,629 9,389
1917 440,864 15,350 41,875 33,172 8,703 5,727
1918 520,967 12,468 59,664 39,467 20,197 6,588
1919 513,180 12,900 67,677 57,187 10,490 利子3,123
1920 541,558 10,426 104,641 83,836 20,805
1921 464,354 9,408 94,102 55,728 38,374
1922 436,179 7,490 79,230 51,342 27,888
1923 459,830 7,225 78,571 54,982 23,589 9,750 他事業5,818償却金2,500 830
1924 438,423 6,942 72,011 49,240 22,771 25,231 他事業19,952償却金4,000
1925 373,409 6,088 62,026 45,757 16,269 30,997 他事業23,628償却金4,500
1926 374,377 1,560 57,257 47,918 9,339 10,248
1927 302,434 1,572 51,608 46,820 4,788 20,467 償却金7,420
1928 303,112 2,874 45,025 45,080 ▲ 55 自動車6,511 自動車及雑損19,138
1929 374,293 3,231 47,087 37,503 9,584 自動車及償却金11,339
1930 391,778 1,935 56,961 34,297 22,664 償却金7,000 1,728
1931 386,064 1,634 47,115 34,451 12,664 償却金5,000 3,738
1932 326,301 1,609 39,953 27,849 12,104 自動車9,008 償却金11,000 5,411
1933 297,659 1,979 36,819 27,751 9,068 自動車4,208 償却金4,500 5,288
1934 291,988 1,830 37,017 28,479 8,538 自動車12,928 償却金7,500 4,911
1935 251,700 1,561 29,465 26,560 2,905 自動車29,084 償却金11,100 3,804
1936 231,061 1,410 29,675 28,686 989 自動車31,664 償却金14,100 3,491
1937 202,503 1,249 22,790 25,759 ▲ 2,969 自動車37,873 償却金15,500 2,427
  • 鉄道院年報、鉄道院鉄道統計資料、鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料、鉄道統計各年度版

車両[編集]

開業時の1914(大正3)年度は蒸気機関車5両、客車4両(定員合計200人)、貨車3両。1926(昭和元)年度は蒸気機関車7両、客車8両(定員合計420人)、貨車7両。その後ガソリンカーを導入し蒸気機関車を廃止して1937(昭和12)年度にはガソリンカー5両(定員190人)、貨車1両。他に無認可のガソリンカーや蒸気動車の存在が確認されている[7]

蒸気機関車[編集]

内燃動車[編集]

  • キジ11 - 13:1928年日本車輌製3両。片ボギー車[8]
  • クラ17・18:1930年加藤車両製2両[9]

脚注[編集]

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  1. ^ 『人事興信録. 7版』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  2. ^ 『西日本鉄道百年史』126-128頁
  3. ^ a b c d e f 『地方鉄道及軌道一覧 : 附・専用鉄道. 昭和10年4月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  4. ^ 「軌道特許状下付」『官報』1916年9月15日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  5. ^ 「軌道営業廃止」『官報』1938年8月25日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  6. ^ 「解散公告」『官報』1943年3月10日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  7. ^ 湯口徹「内燃動車発達史・日本の蒸気動車追記」『トワイライトゾーンMANUAL 16』ネコパブリッシング 、2009年
  8. ^ 竣工図『鞍手軌道(二)・自大正五年至昭和十三年』455頁(国立公文書館デジタルアーカイブで閲覧可)
  9. ^ 竣工図『鞍手軌道(二)・自大正五年至昭和十三年』454頁(国立公文書館デジタルアーカイブで閲覧可)

参考文献[編集]

  • 『鞍手郡誌 上』1972年(1934年の復刻)、821頁
  • 『鞍手郡誌 下』1972年(1934年の復刻)、1526頁
  • 『直方市史 下』1978年、563 - 564頁
  • 『福岡県百科辞典 下』西日本新聞社、1982年、433-437頁  担当執筆は谷口良忠
  • 『宮田町誌 下』1990年、324 - 325頁
  • 『若宮町誌 下』2003年、221 - 225頁
  • 今尾恵介『日本鉄道旅行地図帳 12号 九州沖縄』新潮社、2009年
  • 亀井一男「地図と鉄道17」『鉄道史料』No48 1987年11月
  • 和久田康雄『私鉄史ハンドブック』電気車研究会、176頁
  • 臼井茂信『機関車の系譜図 3』交友社、1972年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]