靱猿

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靱猿(うつぼざる)は狂言の演目のひとつ。 大名をシテとする 「大名狂言」の中でもとくに有名なものである。

「猿(靭猿の猿役)に始まり狐(釣狐の狐役)に終わる」とも言われ、狂言師をめざす子弟が(猿の役で)幼少時初めて舞台に立つ演目としても知られている。

登場人物[編集]

あらすじ[編集]

猿引の連れている見事な猿を見た大名は、自分の(うつぼ)に用いたいからその猿の皮をよこせと言う。 猿引が断ると、ならば猿もろともお前も殺してやるとすごむ。 泣く泣く猿を殺すために猿引が杖を振り上げると、猿は芸の合図かと思い、一生懸命に「舟の艪を漕ぐ」仕草をする。 不憫でならないと泣き崩れる猿引。それを見た大名は…。

台詞の例[編集]

大名 「八幡大名。冠者ゐるか」

冠者 「これにつめてござる」

大名 「今日は遊山に出う。供をせい」

冠者 「よい日和にて面白いな」

猿引 「これはこの辺に住む猿引でござる。町へ猿を引いて出まっせう」

大名 「冠者、よい猿の」

冠者 「見事な猿を引いてまゐる」

大名 「やいやい、その猿はどこへつれてゆくぞ」

猿引 「某は猿引でござる。町へ猿まはしに参りまする」

大名 「猿引ぢゃ。冠者、この靱にかけう。これこれ猿引、無心言ひたいが聴かうか」

猿引 「何なりとも承りませう」

大名 「過分におぢゃる。お礼申さう」

猿引 「迷惑な[* 1]

大名 「その猿の皮を貸せ。この靱にかけう」

猿引 「ざれごと御意なされまする」

大名 「いやいや、真実ぢゃ」

猿引 「生きてゐる猿の皮がからるるものでござるか。冠者殿頼みまする」

大名 「四五年過ぎて返さう」

猿引 「猿引づれと思うて、我侭をおしゃる。ならぬ」

大名 「やいやい、名字をもくびにかけた者が、礼まで言うた。貸さずは、猿もおのれも射殺(いころ)してやらう」

猿引 「まづ冠者殿。とりさへて下され。猿を進上致しませいでは」

大名 「はやう皮をおこせい」

猿引 「私が打って、皮に傷のないやうにして、進上仕らう」

大名 「早うゝゝ」

猿引 「猿よ、よう聞け。ちひさい時から飼うて、今殺すは迷惑なれども、あのお大名の、皮をかると御意ぢゃ。今殺す。それがし恨みな[* 2]。えい」

大名 「皮はおこさずに、なぜ泣くぞ」

猿引 「冠者殿、死ぬる事は知らいで、艪(ろ)を押すまねかと思うて、艪を押しまする。畜生でも不憫や」

大名 「合点した。泣くが道理。許す、殺すなと言へ」

冠者 「ゆるさしらるる」

猿引 「忝(かたじけな)うござる。猿、お大名様へ御礼々々。冠者殿へもお礼」

大名 「冠者にまで礼をした」

猿引 「死をたすけ下されましたお礼に、猿をまはしませう」

大名 「まはせゝゝゝ」

冠者 「まはさしめ」

猿引 「畏(かしこ)まった」

ふし 「猿は山王[* 3]真猿めでたい。まつきおろしの春の駒か、鼻をつるべて参りたるぞや。白銀黄金御知行まさる。めでたきままよ、飛騨(ひんだ)のをどりはひとをどり」

「こなたのお庭をけさ見れば、黄金の枡で米をはかる。三日月なりの鎌ほしや。妻もろともに草を苅らう。舟の中には何とおよるぞ。苫を敷寝に、楫を枕に」

(歌の間に刀、上下、扇をみな猿引にやる)

「一のへいだて、二のへいだて、三の黒駒、しなのをどり。俵を重ねてめんめん[* 4]に、たのしくなるこそめでたき」

脚注[編集]

  1. ^ 恐縮です。
  2. ^ 私を恨むなよ。
  3. ^ 山王信仰による日吉系の神社では、猿は神の使いとされている。
  4. ^ 米を意味する 「めめ」と「面々」とを掛けている。

参考資料[編集]