非子

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非子
初代(附庸
王朝
在位期間 紀元前905年 - 紀元前858年
都城 秦邑
生年 紀元前933年
没年 紀元前858年
大駱

非子(ひし、紀元前933年 - 紀元前858年)は、中国西周期の人物である。嬴姓。の建国者であり、大駱の子。

生涯[編集]

非子は、秦亭(現在の甘粛省天水市張家川回族自治県)という地域に暮らす馬飼いであった。秦亭は草原と水、丘陵の揃った中国随一名馬の産地であり、この地には太古に犬戎西戎などと呼ばれる遊牧民族の支配する地であった。

紀元前900年ごろ、西周の孝王が、名馬の馬飼いであるとの評判を聞き付け、国王の軍馬の飼育を頼んだ。そして、周王に仕えた非子が馬の生産を行い、優れた軍馬の増殖・訓練に対して功績を挙げた。そこで孝王は良質な馬を献上することに成功したので「嬴」の姓を与え、大夫の爵位を与えた・そして、非子は、現在の秦邑(現在の甘粛省天水市張家川回族自治県)の地に領地を支配し、建国したのが秦であったという。

また、伝説上では嬴姓は帝舜の臣伯益が賜ったとされている。それ以前の嬴氏はの国に居住していたとされる。

ここでは人々は古来から農業と放牧で遊牧的な暮らしをおこなっている。元来、秦の人々の祖先は犬丘(現在の甘粛省隴南市礼県)と呼ばれる地域に住んでおり、遊牧民族らが支配する地域であった。紀元前8世紀頃には文明の中心は黄河中流域にあったが、紀元前4世紀の戦国時代に入ると秦の台頭が始まる。

子女[編集]

  • 秦侯

脚注[編集]

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参考資料[編集]

  • 史記』(秦本紀第五)