静岡鉄道島田営業所

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静岡鉄道島田営業所(しずおかてつどうしまだえいぎょうしょ)はかつて島田市若松町に存在した静岡鉄道自動車部の事業所である。藤枝営業所島田支所を経て廃止され、現在は同市向谷(むくや)に開設された向谷車庫を主な拠点に、しずてつジャストライン相良営業所が島田地区の路線を引き継いでいる。

所在地[編集]

静岡県島田市若松町2740番地

※現在は、しずてつストア島田店となっている。

特徴[編集]

沿革[編集]

  • 1929年(昭和4年)4月19日 静岡鉄道の前身である静岡電気鉄道株式会社に自動車部が発足。[1]
  • 1932年(昭和7年)12月 小島郡小島村宍原や庵原郡両河内村、清水市などに4路線を保有する身興自動車株式会社(清水区興津)を買収し電鉄自動車株式会社を設立。[2]
  • 1933年(昭和8年)3月 藤枝ー金谷間などに路線を持つ西駿自動車商会(藤枝市)を買収。同4月には、中町(静岡市)ー岡部、中町ー石部(静岡市駿河区)の2路線を展開する待月自動車商会(静岡市)を買収した。
  • 1934年(昭和9年)7月 焼津ー藤枝間および藤枝ー六合間に路線を有する志太中央自動車商会(島田市)を買収した。
  • 1935年(昭和10年)4月 用宗から浜当目を経由し焼津に至る県道のバス営業権の取得について争っていた藤相鉄道と、興銀の仲介によって共同出資による駿遠自動車株式会社を設立。
  • 1937年(昭和12年)将来の静岡ー袋井間の通し運転を構想して袋井ー掛川間に路線を持つ掛井自動車商会(現袋井市)を買収。
  • 1939年(昭和14年)駿遠自動車株式会社が静岡乗合自動車株式会社に改称。同年の時刻表によれば、静岡乗合自動車島田営業所の所在地は島田町三丁目となっている。
  • 1943年(昭和18年)静岡電気鉄道株式会社、藤相鉄道株式会社、中遠鉄道株式会社、静岡乗合自動車株式会社、静岡交通自動車株式会社の5社合併による静岡鉄道株式会社が成立。しかし戦禍により程なく事業は中断した。
  • 1948年(昭和23年)12月 県内業界に先駆けて60人乗り大型ディーゼル車10両を購入し内8両を以って島田ー興津間の国道直通運転を開始した。[3][4]
  • 1949年(昭和24年)11月 金谷ー興津間の急行運転を開始した。[5]
  • 1957年(昭和32年)日本平ロープウェーの開業にあわせて発行された日本平パンフレットの問合せ先に初めて島田営業区が登場する。また所在地は島田市2470番地となっている。[6]
  • 1958年(昭和33年)6月1日 自動車現業の機構改正により島田営業区から静岡鉄道自動車部島田営業所となった。
  • 1963年(昭和38年)10月1日 大井川鐡道、遠州鉄道との相互乗り入れで「急行静岡浜松線」を開設した。[7]
  • 1966年(昭和41年)9月1日 大井川鐡道との相互乗り入れで「島田家山線」を開設した。[7]
  • 1971年(昭和46年)6月17日 島田営業所社屋が竣工した。[7]
  • 1979年(昭和54年)4月 現在の県道55号(島田駅前通り)の整備と駅前市街地の区画整理事業によって島田市民病院が同市野田に移転、さらにユニー島田店が開業した。これに伴い駅前付近の各路線の運行経路が変更され、旧市民病院前停留所は市役所前に変更し、新たに「島田二丁目ユニー島田店前」停留所が設置された。また同年11月にはジャスコタウン島田が開業し、島田五丁目停留所がジャスコタウン島田前に名称変更された。[8]
  • 1996年(平成8年)4月発行の雑誌記事では島田営業所は廃止され、藤枝営業所島田支所となっている。[9]
  • 2000年(平成12年)末期 時期不詳 島田支所を廃止。島田市向谷に車庫が整備され、島田地区の路線は全て相良営業所に承継された。
  • 2001年(平成13年)11月 島田営業所跡地にしずてつストア島田店が開業した。
  • 2002年(平成14年)10月 しずてつジャストライン相良営業所の向谷車庫として営業を開始した。
  • 2003年(平成15年)4月 島田市自主運行バスの運行を開始した。

所管していた路線[編集]

中部国道線[編集]

  • 概要
    • 1930年代、静岡電気鉄道が構想していた路線を戦後静岡鉄道が「国道本線」として開設し、一時は袋井興津間を結ぶ長大路線であったが、1950年代後半以降は渋滞等による遅延の解消のために分割された。島田営業所は「中部国道線」の金谷藤枝間を担当した。
    • 1980年代後半の国鉄分割民営化に前後して東海道線島田興津間の大幅な増便と六合新駅開設によって利用者は減少し、2000年代前半までに「中部国道線」の藤枝駅新静岡間を除き全て廃止された。
  • 沿革
    • 1932年(昭和7年)12月13日付の静岡電鉄「重役会決議録」の「バス経営方針」の中で「将来ノ為左記バスノ経営方針ヲトルコト」として次の方針が掲げられた。[10]
      • 静清国道バスを受任経営すること
      • 近き将来に於いて静岡岡部線ならびに静岡用宗線及び袋井掛川線を買収し、次に焼津青島並びに青島一里山線を買収すること
      • 金谷日坂線の出願
      • 右の外は 時機会を見て中間他線乗り入れまたは買収により興津より袋井に至る国道バスを経営すること
    • 1948年(昭和23年)戦後第1号の中距離路線として島田興津間に「国道本線」が開設された。[3][4]
      • 島田 - 藤枝 - 藤枝大手 - 岡部 - 静岡駅前 - 清水 - 興津
    • 1949年(昭和24年)11月 金谷興津間の急行運転を開始した。急行停留所は下記の通り。[11]
      • 金谷駅前 -(この間各駅)- 島田七丁目 - 栃山橋 - 六合役場前 - 喜多町 -(この間各駅)- 左車 - 八幡橋 - 岡部 - 岡部北口 - 丸子橋 - 細工所 - 安倍川橋 -(この間各駅)- 下横田 - 遊園地入口 - 大曲 -(この間各駅)-清水 - 興津
    • 1952年(昭和27年)10月 袋井静岡間の長距離直通運転を開始、併せて全線に亘って運転本数を増加した。[12]
      • 袋井 - 掛川 - 堀之内 - 金谷 - 島田 - 藤枝駅前 - 藤枝大手 - 岡部 - 静岡駅前
    • 1953年(昭和28年)9月現在の時刻表および路線図では袋井興津間がひとつの時刻表に纏められており多数の区間便が存在した。系統および主要停留所は次の通り。なおこの当時は金谷始発の系統は藤枝大手からの折り返しであり、島田、金谷地区も藤枝営業区の担当であった。[13]
      • 急行:金谷 - 島田 - 藤枝駅前 - 藤枝大手 - 岡部 - 静岡駅前 - 清水 - 興津
      • 急行:金谷 - 島田 - 藤枝駅前 - 藤枝大手
      • 急行:藤枝駅前 - 藤枝大手 - 岡部 - 静岡駅前 - 清水 - 興津
      • 各駅停車:袋井 - 掛川 - 堀之内 - 金谷 - 島田 - 藤枝駅前 - 藤枝大手 - 岡部 - 静岡駅前
      • 各駅停車:袋井 - 掛川
      • 各駅停車:袋井 - 掛川 - 堀之内
      • 各駅停車:堀之内 - 金谷 - 島田 - 藤枝駅前 - 藤枝大手 - 岡部 - 静岡駅前
      • 各駅停車:金谷 - 島田 - 藤枝大手
      • 各駅停車:藤枝駅前 - 藤枝大手 - 岡部 - 静岡駅前
      • 各駅停車:藤枝大手 - 静岡駅前
      • 各駅停車:清水 - 興津
    • 1958年(昭和33年)12月現在の時刻表では「国道本線」は次の3区間に分離されており、そろぞれ担当営業所も分かれていることが伺える。[14]
      • 袋井 - 掛川 - 菊川 - 金谷
      • 金谷 - 島田 - 六合 - 藤枝 - 藤枝大手 - 岡部 - 静岡
      • 静岡 - 清水 - 興津
    • 1963年(昭和38年)10月1日 大井川鐡道、遠州鉄道との相互乗り入れで「急行静岡浜松線」を開設した。これに伴い「国道本線」の金谷ー静岡間の急行は廃止された。また金谷ー静岡間の路線名は「中部国道本線」となった。
    • 1966年(昭和41年)の島田駅前の様子を記録した写真に写るバスのリア方向幕には「中部国道本線」の文字が確認できる。[15][16]
    • 1969年(昭和44年)3月 東名高速道路開通を機に「特急東名静岡浜松線」が開設され「急行静岡浜松線」が大幅に減便されたのちに「急行静岡金谷線」に区間短縮され、島田営業所の管轄となった。
    • 1960年代1970年代 時期不詳 「中部国道本線」はさらに金谷駅ー藤枝駅系統と藤枝駅ー新静岡系統に分割され、藤枝駅ー新静岡間には準急が設定された。このうち島田営業所は金谷ー藤枝系統を管轄した。
      • 中部国道本線
        • 各駅停車(管轄:藤枝営業所):藤枝駅前 - 藤枝大手 - 静岡駅前 - 新静岡
        • 準急 (管轄:藤枝営業所):藤枝駅前 - 藤枝大手 - 静岡駅前 - 新静岡
        • 各駅停車(管轄:島田営業所):金谷駅前 - 島田駅前 - 藤枝駅前
      • 急行静岡金谷線(管轄:島田営業所)
        • 金谷駅 - 島田市役所入口- 六合公民館前 - 静鉄藤枝営業所前 - 静岡駅前 - 新静岡
    • 1985年(昭和60年)の時刻表では、路線名は「中部国道線」となっている。また休校日運休・平日のみ運行で、朝の藤枝駅前始発または島田駅前始発の島田高校行、午後に島田高校発島田駅行が設定されていた。[17]
      • 中部国道線
        • 金谷駅前 - 新金谷入口 - 大井川公園前 - 島田駅前 - 六合 - 藤枝駅前
        • 島田高校前 - 島田駅 - 六合 - 藤枝駅前
    • 1987年(昭和62年)4月26日 東海道線六合駅が開業し、同年7月現在の時刻表では朝夕の島田高校通学便は全て島田駅発着となっている。[18]
      • 金谷駅前 - 新金谷入口 - 大井川公園前 - 島田駅前 - 六合 - 藤枝駅前
      • 島田高校前 - 島田駅
    • 1980年代末期~1990年代前半 時期不詳 「金谷島田病院線」が開設される。
    • 1993年(平成5年)の時刻表では「金谷島田病院線」は「中部国道線」の支線扱いとなっており、「中部国道線・金谷島田病院線」としてひとつに纏められている。また「島田市内循環線」も島田市民病院、中央公園まで乗り入れ「島田市内線」となった[19]
      • 中部国道線 : 金谷駅前 - 新金谷入口 - 大井川公園前 - 島田駅前 - 六合駅前 - 藤枝駅前
      • 金谷島田病院線: 金谷駅前 - 新金谷入口 - 大井川公園前 - 島田駅前 - 島田市民病院前
    • 1999年(平成11年) 金谷駅 - 島田駅前間が廃止され、同区間は「金谷島田病院線」に吸収された。
      • 中部国道線 : 島田駅前 - 六合駅前 - 藤枝駅前
      • 金谷島田病院線: 金谷駅前 - 新金谷入口 - 大井川公園前 - 島田駅前 - 島田市民病院前
    • 2004年(平成16年) 島田駅前 - 六合駅間が廃止され、六合駅ー藤枝間を藤枝営業所に移管。廃止区間は六合駅以北を大津線、六合駅以南を湯日線として島田市自主運行バスが運行を引き継いだ。
      • 中部国道線 : 六合駅前 - 藤枝駅前
      • 金谷島田病院線: 金谷駅前 - 新金谷入口 - 大井川公園前 - 島田駅前 - 島田市民病院前
    • 2008年(平成20年)3月31日の運行を以って六合ー藤枝間も廃止され、中部国道線は岡部営業所が所管する藤枝駅ー新静岡系統のみとなった。

急行静岡金谷線[編集]

  • 概要
  • 沿革
    • 1963年(昭和38年)10月1日に大井川鉄道遠州鉄道との相互乗入れで「急行静岡浜松線」が開設された。静岡浜松間の都市間輸送を目的としていたため冷暖房付の3社共通カラーの専用車両によって運行され、「中部国道線」のような途中区間の国鉄駅への停車はしなかった。停車停留所は次の通り。なお開設当初の静岡鉄道の担当営業所は国吉田営業所であった。[7][20][21]
    • 1969年(昭和44年)4月1日 東名高速道路の開通に伴い3月15日に「特急東名静岡浜松線」が開設されたことを受け、急行バスは各社が其々1往復づつの1日3往復に減便された。また静鉄便は掛川北門を入出庫とする掛川営業所の担当となった。
    • 1970年代 時期不詳 遠州鉄道が撤退し「急行静岡掛川線」となり、さらに大井川鉄道との共同運行による「急行静岡金谷線」へと区間縮小され、島田営業所の管轄となった。なお、大鉄便は金谷ー大井川公園区間は新金谷駅を経由し、車両は「静岡井川線」への送り込みも兼ねていた。静鉄担当便の停車停留所は次の通り。
      • 金谷駅 - 宮崎町 - 新金谷入口 - 大井川公園前 - 大鉄営業所前 - 静鉄営業所前 - 島田市役所入口 - 御仮屋 - 六合公民館前 - 三軒家 - 藤枝郵便局前 - 岡出山入口 - 静鉄藤枝営業所前 - 法の橋 - 岡部役場前 - 岡部北口 - 二軒屋 - 新丸子 - 丸子団地入口 - 手越 - 安倍川橋 - 本通三丁目 - 中町 - 県庁前 - 静岡駅前 - 新静岡
    • 1977年(昭和52年)2月現在の路線図からは消滅している。[22]

金谷島田病院線[編集]

  • 「中部国道線」の金谷ー島田駅区間と「大津線」の島田駅ー市民病院前系統を繋いだ路線である。開設当初は島田営業所の管轄であったが、相良営業所に移管された。

大津線[編集]

  • 概要
  • 沿革
    • 1953年(昭和28年)9月現在の時刻表では「大津線」として島田駅ー落合間の路線が記録されている。[13]
    • 1977年(昭和52年)2月の路線図では次の経路であった。[22]
      • 島田駅前 - 島田三丁目 - 市民病院前 - 島田郵便局前 - 大津通り - 元島田 - 野田 - 落合 - 天徳寺前
    • 1979年(昭和54年) 現在の県道55号の整備と区画整理事業により4月2日に島田市民病院が島田市野田の地に移転開業し、同4月19日にはユニー島田店が開業した。これに伴い運行経路が変更され停留所の移転、新規開設が行われた。
    • 1985年(昭和60年)の時刻表では市民病院前までは毎時3~4便が確保されており、島田市野田に開園した中央公園行の系統も存在している。[23]
      • 島田駅前 - 島田二丁目ユニー島田店前 - 市役所前 - 島田郵便局前 - 大津通り - 元島田 - 島田市民病院前
      • 島田駅前 - 島田二丁目ユニー島田店前 - 市役所前 - 島田郵便局前 - 大津通り - 元島田 - 島田市民病院前 - 中央公園前
      • 島田駅前 - 島田二丁目ユニー島田店前 - 市役所前 - 島田郵便局前 - 大津通り - 元島田 - 島田市民病院前 - 野田 - 落合 - 天徳寺前
    • 1993年(平成5年)の時刻表では天徳寺系統が廃止され、中央公園系統は「島田市内線」に吸収されており、島田市民病院系統のみとなっている。また「島田市内線」の延伸と「金谷島田病院線」の開設に伴い朝晩のみの運行となっている。[24]
      • 島田駅前 - 島田二丁目ユニー島田店前 - 市役所前 - 島田郵便局前 - 大津通り - 元島田 - 島田市民病院前
    • 1995年(平成7年)3月31日 「島田市内線」に吸収され廃止となった。
    • 2005年(平成17年)4月1日 島田市自主運行バス湯日大津線として路線が復活した。

島田市内循環線、島田市内線[編集]

  • 概要
    • 島田駅北口から旧市内の主要施設を巡回する路線で朝晩は島田営業所からの入出庫を兼ねていた。
    • 中溝町回りと稲荷町回りの循環系統で、島田駅を跨いで乗ることができなかった。(島田駅発島田駅行)
    • 相良営業所に移管された後も路線が維持されていたが、2008年度を以って廃止された。
    • 相良営業所への移管後は、向谷車庫への入出庫便は島田営業所があった当時の名残で「若松町西」が起終点であった。
  • 沿革
    • 1958年(昭和33年)12月改正の時刻表には「島田市内循環線」として記載が残る。[14]
    • 1977年(昭和52年)2月現在の路線図では次の停留所に停車し、外回りを「稲荷町まわり」内回りを「中溝町まわり」としていた。[22]
      • 島田駅前 - 島田三丁目 - 市民病院前 - 島田郵便局前 - 島田警察署前 - 第二小学校前 - 静鉄営業所前 - 三ツ合橋 - 第一小学校前 - 向谷局前 - 向谷二丁目 - 島高入口 - 稲荷町 - 島田河原町 - 向島西 - 東海パルプ前 - 大善寺前 - 大井神社前 - 島田駅前
    • 1979年(昭和54年)島田駅前から中央町交差点までの道路整備(現県道55号)と区画整理により、島田駅から島田郵便局前までの運行経路が変更された。
    • 1985年(昭和60年)の時刻表によると、平日ダイヤで朝6~7時代に中溝町まわりで島田営業所から島田駅前への出庫便が4本、18時~21時代に稲荷町まわりで営業所入庫便が6本設定されていた。[25]
      • 島田駅前 - 島田二丁目ユニー前 - 市役所前 - 島田郵便局前 - 島田警察署前 - 第二小学校前 - 静鉄営業所前 - 三ツ合橋 - 第一小学校前 - 向谷局前 - 向谷二丁目 - 島高入口 - 稲荷町 - 島田河原町 - 向島西 - 東海パルプ前 - 大善寺前 - 大井神社前 - 島田駅前
      • 中溝町廻り出庫便:静鉄営業所前→三ツ合橋→第一小学校前→向谷局前→向谷二丁目→島高入口→稲荷町→島田河原町→向島西→東海パルプ前→大善寺前→大井神社前→島田駅前
      • 稲荷町廻り入庫便:島田駅前→大井神社前→大善寺前→東海パルプ前→向島西→島田河原町→稲荷町→島高入口→向谷二丁目→向谷局前→第一小学校前→三ツ合橋→静鉄営業所前
    • 1993年(平成5年)の時刻表では従来の循環区間は朝晩の通勤・通学時間帯のみとなり、日中は島田市民病院および中央公園まで延伸している。これに伴い「大津線」の中央公園系統は廃止され、路線名も「島田市内線」に変更されている。[26]
      • 島田駅前 - 島田二丁目ユニー前 - 市役所前 - 島田郵便局前 - 島田警察署前 - 第二小学校前 - 静鉄営業所前 - 三ツ合橋 - 第一小学校前 - 向谷局前 - 向谷二丁目 - 島高入口 - 稲荷町 - 島田河原町 - 向島西 - 東海パルプ前 - 大善寺前 - 大井神社前 - 島田駅前
      • 静鉄営業所前 - 三ツ合橋 - 第一小学校前 - 向谷局前 - 向谷二丁目 - 島高入口 - 稲荷町 - 島田河原町 - 向島西 - 東海パルプ前 - 大善寺前 - 大井神社前 - 島田駅前
      • 静鉄営業所前 - 三ツ合橋 - 第一小学校前 - 向谷局前 - 向谷二丁目 - 島高入口 - 稲荷町 - 島田河原町 - 向島西 - 東海パルプ前 - 大善寺前 - 大井神社前 - 島田駅前 - 島田二丁目ユニー前 - 市役所前 - 島田郵便局前 - 大津通り - 第四小学校入口 - 元島田 - 島田市民病院 - 中央公園
    • 2001年(平成13年)時期不詳 相良営業所に移管された。
    • 2009年(平成21年)3月末を以って全線が廃止された。

島田焼津線、細島線[編集]

  • 概要
    • 焼津駅から吉永を経由して志太平野の中心部を抜けて大井川左岸を島田まで遡上する路線であった。
    • 1950年代後半に「吉永線」から系統を分離し「島田焼津線」となり、さらに1960年代後半以降に焼津駅、藤枝駅、島田駅(六合駅)への路線に区間分離され、島田駅系統は「細島線」となった。
    • 1960年代から1970年代前半にかけては豊富な地下水を求めて沿線に多数の工場が立地し通勤需要があったが、マイカー通勤の増加に従って利用者は減少し廃止となった。
  • 沿革
    • 1957年1958年頃 時期不詳 焼津営業所が管轄する「吉永線」の焼津ー島田系統が分離され「島田焼津線」となった。
      • 島田 - 道悦島(後の六合)- 忠兵衛 - 宗高新町 - 吉永 - 田尻 - 石津 - 焼津
    • 1963年(昭和38年)島田工業高校が開校し、同年に科研化学(現 科研製薬)静岡工場と日本ビニロン静岡工場(現 ニチビ)、1967年(昭和42年)には日清紡藤枝事業所、さらには1972年(昭和47年)に持田製薬静岡工場、1973年(昭和48年)にはネッスル日本(現ネスレ日本)静岡工場が進出し、沿線に通勤・通学需要が創出されていった。
    • 1966年(昭和41年)には大井川港から大井川左岸を遡上し国道150号に接続、さらに上記の工場群に至る港湾道路が整備された。これを機に島田駅から島田工業高校を経由し忠兵衛に至る「細島線」と、飯渕から港湾道路を上り忠兵衛を経由して藤枝駅・藤枝大手に至る「忠兵衛飯淵線」(藤枝営業所管轄)に分離された。なお、のちに「忠兵衛飯淵線」は「藤枝忠兵衛線」と「藤枝吉永線」に分離されている。[27]
    • 1977年(昭和52年)の路線図では「細島線」は次の2系統が存在した。系統および主要停留所は次の通り。[22]
      • 島田駅前 - 島田三丁目 - 島田五丁目 - 島田七丁目 - 御仮屋 - 栃山橋 - 島田工業高校前 - 六合公民館前 - 細島 - 科研化学入口 - 五平 - 五平下 - 忠兵衛
      • 島田駅前 - 島田三丁目 - 島田五丁目 - 島田七丁目 - 御仮屋 - 栃山橋 - 島田工業高校前 - 六合公民館前 - 細島 - 科研化学入口 - 科研科学前 - ニチビ工場前 - 日清紡前 - 善左エ門 - 忠兵衛
    • 1984年(昭和59年)の路線図では「藤枝忠兵衛線」の忠兵衛ー藤枝間と併行して藤枝駅まで延伸している。系統および主要停留所は次の通り。[28]
      • 島田駅前 - 島田三丁目 - ジャスコタウン島田前 - 島田七丁目 - 御仮屋 - 栃山橋 - 島田工業高校前 - 六合 - 細島 - 御請 - 科研製薬入口 - 五平 - 五平下 - 忠兵衛 - 高等職業訓練校前 - 青島中学校入口 - 文化センター前 - 藤枝駅前
      • 島田駅前 - 島田三丁目 - ジャスコタウン島田前 - 島田七丁目 - 御仮屋 - 栃山橋 - 島田工業高校前 - 六合 - 細島 - 御請 - 科研製薬入口 - 科研製薬前 - ニチビ工場前 - 日清紡前 - 善左エ門 - 忠兵衛 - 高等職業訓練校前 - 青島中学校入口 - 文化センター前 - 藤枝駅前
      • 1988年(昭和63年)の時刻表では忠兵衛ー藤枝駅間が廃止され、科研製薬経由のみで朝晩1往復にまで減便されている。[29]
      • 島田駅前 - 島田三丁目 - ジャスコタウン島田前 - 島田七丁目 - 御仮屋 - 栃山橋 - 島田工業高校前 - 六合 - 細島 - 御請 - 科研製薬入口 - 科研製薬前 - ニチビ工場前 - 日清紡前 - 善左エ門 - 忠兵衛
    • 1980年代末期~1990年代初頭 時期不詳 利用者減少により廃止となった。

大長線[編集]

  • 概要
    • 島田駅と神座(かんざ)、相賀(おおか)、川口、鍋島、二俣、白井など大井川左岸上流域を結ぶ路線であった。
    • 静岡乗合自動車時代からの路線であったが、藤枝営業所島田支所を経て相良営業所に移管された。
    • 現在は「大長線」は廃止され、島田市自主運行バスの「伊久美線」「相賀線」に承継されている。
  • 沿革
    • 1939年(昭和14年)6月1日改正の静岡乗合自動車島田営業所発行の「島田驛ー大長村(神座)バス時刻表」および路線図付乗車券では次の経路が確認できる。また金谷駅、藤枝駅、藤枝町大手、岡部北口、静岡駅への連絡運賃も掲載されている[30]
      • 島田駅 - 島田三丁目 - 島田一丁目 - 一本松 - 向谷水門 - 赤松 - 渡口 - 大澤橋 - 神座
    • 1985年(昭和60年)3月16日現在の時刻表では、次の4系統が存在している。[31]
      • 島田二丁目ユニー前 - 島田駅前 - 静鉄営業所前 - 向谷局前 - 向谷水門 - 大長中学校前 - 相賀橋 - 相賀小学校前 - 上相賀
      • 島田二丁目ユニー前 - 島田駅前 - 静鉄営業所前 - 向谷局前 - 向谷水門 - 大長中学校前 - 相賀橋 - 神座小学校前 - 川口
      • 島田二丁目ユニー前 - 島田駅前 - 静鉄営業所前 - 向谷局前 - 向谷水門 - 大長中学校前 - 相賀橋 - 神座小学校前 - 川口 - 鍋島
      • 島田二丁目ユニー前 - 島田駅前 - 静鉄営業所前 - 向谷局前 - 向谷水門 - 大長中学校前 - 相賀橋 - 神座小学校前 - 川口 - 伊久美学校前 - 二俣 - 白井
    • 1988年(昭和63年)3月14現在の時刻表では白井系統の二俣ー白井間が廃止されている。[32]
      • 島田二丁目ユニー前 - 島田駅前 - 静鉄営業所前 - 向谷局前 - 向谷水門 - 北中学校 - 相賀橋 - 相賀小学校前 - 上相賀
      • 島田二丁目ユニー前 - 島田駅前 - 静鉄営業所前 - 向谷局前 - 向谷水門 - 北中学校 - 相賀橋 - 神座小学校前 - 川口
      • 島田二丁目ユニー前 - 島田駅前 - 静鉄営業所前 - 向谷局前 - 向谷水門 - 北中学校 - 相賀橋 - 神座小学校前 - 川口 - 鍋島
      • 島田二丁目ユニー前 - 島田駅前 - 静鉄営業所前 - 向谷局前 - 向谷水門 - 北中学校 - 相賀橋 - 神座小学校前 - 川口 - 伊久美学校前 - 二俣
    • 1993年(平成5年)4月1日現在の時刻表では上相賀行と鍋島行の2系統が廃止されている。[33]
      • 島田二丁目ユニー前 - 島田駅前 - 静鉄営業所前 - 向谷局前 - 向谷水門 - 北中学校 - 相賀橋 - 神座小学校前 - 川口
      • 島田二丁目ユニー前 - 島田駅前 - 静鉄営業所前 - 向谷局前 - 向谷水門 - 北中学校 - 相賀橋 - 神座小学校前 - 川口 - 鍋島
    • 2003年(平成15年)4月1日 島田市自主運行バス 「伊久美線」「相賀線」の運行を開始した。

島田家山線[編集]

  • 1966年(昭和41年)9月1日 大井川鐡道との相互乗り入れで開設された路線である。[7]
  • 1970年代中盤 時期不詳 静鉄便は島田駅ー鍋島に区間縮小し「大長線」に整理され廃止となった。
  • 1977年(昭和52年)2月現在の路線図からは消滅している。[22]


島田学園線[編集]

  • 概要
    • 1970年代1980年代初頭にかけて造成・分譲された伊太団地および同地区の島田学園高等学校(現 島田樟誠高等学校)と島田駅を結ぶ路線として開設された。
    • 島田営業所の管轄路線であったが藤枝営業所島田支所を経て相良営業所に移管された。
  • 沿革
    • 1985年(昭和60年)の時刻表では休校日運休の島田駅ー島田学園間と島田駅ー伊太団地間の2系統が存在していた。[34]
      • 島田駅 - 静鉄営業所前 - 島田学園前 - 伊太団地
      • 島田駅 - 静鉄営業所前 - 島田学園前
    • 1988年(昭和63年)の時刻表では島田学園系統は途中停留所に停車しない直行便となっており、7~8時代の登校便が6本、15~16時代の下校便が7本設定されていた。[35]
      • 島田駅 - 静鉄営業所前 - 島田学園前 - 伊太団地
      • 島田駅 -(この間 停車なし)- 島田学園前
    • 1993年(平成5年)の時刻表では直行便は登校便5本、下校便6便に減便されている。[36]
    • 2007年(平成19年)4月1日 島田学園-伊太団地間が廃止された。
    • 2009年(平成21年)3月31日の運行を以って廃止され、同線の運行区間は島田市自主運行バス「田代の郷温泉線」に承継された。

初倉線[編集]

湯日線[編集]

  • 1958年(昭和33年)それまでの「谷口線」島田駅ー色尾間と「初倉線」の金谷駅ー色尾間を統合して誕生した路線で島田営業所の所管であった。当初は島田から色尾、湯日を経由して金谷を結んでいた。
    • 島田駅前 - 島田三丁目 - 島田七丁目 - 旭町 - 谷口橋 - 色尾 - 湯日 - 本村 - 鎌塚 - 金谷
  • 1977年(昭和52年)の路線図では狭隘区間である鎌塚ー金谷間が廃止されている。
    • 島田駅前 - 島田三丁目 - 島田七丁目 - 旭町 - 谷口橋 - 色尾 - 湯日 - 本村 - 鎌塚
  • 1984年(昭和59年)の路線図では本村まで短縮されている一方で月坂団地を経由するようになっている。
    • 島田駅前 - 島田三丁目 - 島田七丁目 - 旭町 - 谷口橋 - 色尾 - 月坂団地 - 湯日 - 本村
  • 2004年(平成16年)島田市自主運行バスに承継された。

脚注・出典[編集]

  1. ^ 『写真で綴る静岡鉄道70年の歩み』静岡鉄道株式会社、1989年4月、160頁。
  2. ^ 『写真で綴る静岡鉄道70年の歩み』静岡鉄道株式会社、1989年4月、161頁。
  3. ^ a b 『写真で綴る静岡鉄道70年の歩み』静岡鉄道株式会社、1989年4月、80頁。
  4. ^ a b 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道株式会社、2020年3月、69頁。
  5. ^ 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道株式会社、2020年3月、70頁。
  6. ^ 『日本平 パンフレット』静岡鉄道、1957年。
  7. ^ a b c d e 『写真で綴る静岡鉄道70年の歩み』静岡鉄道株式会社、1989年4月、163頁。
  8. ^ 区画整理事業の施行状況”. 島田市. 2016年2月10日閲覧。
  9. ^ 『バスラマインターナショナル No.35(Vol.7 No.3)』ぽると出版、1996年4月25日、36,90-91。
  10. ^ 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道株式会社、2020年3月、46-48頁。
  11. ^ 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道株式会社、2020年3月、70頁。
  12. ^ 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道株式会社、2020年3月、85頁。
  13. ^ a b 『バス時刻表 昭和28年9月改正』静岡鉄道株式会社。
  14. ^ a b 『バス時刻表 附国鉄線 並 静鉄各鉄道線 1958.12.5改正』静岡鉄道、1958年。
  15. ^ 『写真アルバム 島田・牧之原・榛原の昭和』株式会社いき出版、2017年8月15日、87頁。
  16. ^ 島田市立図書館 所蔵写真
  17. ^ 『静鉄バス時刻表 No.33 中部国道線 60.4.8現在』静岡鉄道、1985年。
  18. ^ 『静鉄バス時刻表 No.33 中部国道線 62.7.16現在』静岡鉄道、1987年。
  19. ^ 『静鉄バス時刻表 No.35 中部国道線・金谷島田病院線 93.4.1現在』静岡鉄道、1993年。
  20. ^ 『ポケット社史 静岡鉄道 創立50周年記念』ダイヤモンド社、1969年。
  21. ^ 『冷暖房付急行バス 静岡と浜松を2時間で直結 路線開設チラシ』静岡鉄道、遠州鉄道、大井川鉄道、1963年。
  22. ^ a b c d e 『静岡鉄道全区間バス路線図 1977年2月現在』静岡鉄道。
  23. ^ 『静鉄バス時刻表 No.34 大津線 60.3.14現在』静岡鉄道、1985年。
  24. ^ 『静鉄バス時刻表 No.36 大津線 93.4.1現在』静岡鉄道、1993年。
  25. ^ 『静鉄バス時刻表 No.34 島田市内循環線 60.3.14現在』静岡鉄道、1985年。
  26. ^ 『静鉄バス時刻表 No.36 島田市内線 93.4.1現在』静岡鉄道、1993年。
  27. ^ 『静鉄バス時刻表 1973.11.15現在 忠兵衛飯淵線』静岡鉄道、97頁。
  28. ^ 『静岡鉄道全区間バス路線図 1984年2月現在』静岡鉄道、1984年。
  29. ^ 『静鉄バス時刻表 No.34 細島線 63.3.14現在』静岡鉄道、1988年。
  30. ^ 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道株式会社、2020年3月、48頁。
  31. ^ 『静鉄バス時刻表 No.34 大長線 60.3.16現在』静岡鉄道、1985年。
  32. ^ 『静鉄バス時刻表 No.34 大長線 63.3.14現在』静岡鉄道、1988年。
  33. ^ 『静鉄バス時刻表 No.36 大長線 93.4.1現在』静岡鉄道、1993年。
  34. ^ 『静鉄バス時刻表 No.34 島田学園線 60.3.14現在』静岡鉄道、1985年。
  35. ^ 『静鉄バス時刻表 No.34 島田学園線 63.3.14現在』静岡鉄道、1988年。
  36. ^ 『静鉄バス時刻表 No.36 島田学園線 93.4.1現在』静岡鉄道、1993年。