青木高広

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青木 高広
Giants aoki43.jpg
巨人投手時代
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 岐阜県岐阜市
生年月日 (1981-11-26) 1981年11月26日(36歳)
身長
体重
187 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 大学生・社会人ドラフト4巡目
初出場 2007年3月31日
最終出場 2014年10月3日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

青木 高広(あおき たかひろ、1981年11月26日 - )は、岐阜県岐阜市出身の元プロ野球選手投手)。現役時代の愛称は「ペローン」だった(詳細後述)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学校3年生から野球を始めると、県立岐阜商業高では第81回全国高等学校野球選手権大会に出場。初戦は智弁学園高戦(中村真人がいた)で登板したが、打者3人に3連打浴び、降板。チームは惜敗した。

愛知大では4年春にリーグ優勝、全日本大学選手権は2回戦敗退。

日産自動車では入社した04年から都市対抗に3年連続出場。 2005年2006年シーズンと日産の左のエースとして活躍、都市対抗野球で2年連続決勝戦進出の原動力となった。06年は優秀選手賞を獲得。

2006年11月21日の大学生・社会人ドラフトで広島東洋カープより4巡目指名を受けた。11月24日に、推定契約金6000万、年俸1300万で仮契約。会見の席上「開幕から1軍に定着したい。先発なら2ケタ勝利、リリーフなら70試合以上登板」とコメント。新人入団会見の席では、同じ背番号47をつける工藤公康杉内俊哉の両左腕の名を挙げ、「47といったらカープの青木と言われる投手になりたい」と述べた。

広島時代[編集]

2007年

オープン戦からの好投で開幕先発ローテーションを勝ち取ったが、好投しても勝ちに恵まれなかった。6連敗と苦しんだ後、8試合目の登板となった5月16日阪神戦(米子市民球場)で5回1/3を無失点に抑えてプロ初勝利をあげた。一方、前半戦だけでクオリティ・スタートを10回記録したが、その10試合で1度も勝利投手になれなかった。シーズン中盤以降は中継ぎとしても登板し、最終的には1年目から5勝を挙げた。

2008年

黒田博樹の移籍により先発ローテーション投手として期待され、オープン戦の開幕投手も任されたが、制球を乱し打ち込まれる。4月、5月の短期間に2度の二軍降格し、谷間の先発や中継ぎへ降格[1]。未勝利でシーズンを終えた。

2009年

前年同様敗戦処理のリリーフや谷間の先発での起用が中心だったが、前年のように不調で一軍と二軍を行き来することは無かった。6月14日西武戦では、同点で迎えた12回裏無死満塁で登板し、5人内野シフトによる左併殺打シフトも含めて無失点で切り抜け、チームのサヨナラ負けの危機を救った[2]7月5日横浜戦で先発し、約2年ぶりの勝利を挙げた[3]9月28日の横浜戦で6回2失点の好投で2勝目を挙げ、同時にプロ入り後初のクオリティ・スタートを達成した上での勝利を挙げている。

2010年

オープン戦より好調を維持し、開幕からローテーション入りを果たした。5試合に先発し、防御率3.57ながら勝ち星に恵まれずにいたが、4月30日の対中日戦で先発し、プロ入り初完投初完封で今季初勝利を飾った[4]。しかし厳しい投手事情による中4日ローテに体が追いつかず、不調に陥り完封の1勝のみでシーズンを終えた。

2011年

前年オフにスリークォーターからサイドスローにフォームを改造[5]。シーズン序盤はセットアッパーとして高い働きを見せるなどシーズンを通じて中継ぎとしてフル回転し、リリーフ陣の柱としチーム最多の76試合に登板した。

2012年

春季キャンプで投内連係の練習中に左膝を負傷[6]3月26日に左膝関節前十字靱帯および左膝半月板の修復手術を受け、シーズン中の復帰は絶望となった[7]

2013年

開幕一軍入りを逃し、4月26日に一軍登録されたものの、登板機会がないまま翌27日に登録抹消。4月28日小野淳平とのトレードで読売ジャイアンツへ移籍することが両球団から発表された[8]

巨人時代[編集]

移籍後はリリーフとして活躍し、ビハインドや接戦の場面を中心に登板した。シーズン通して安定した投球を見せ、登板した34試合全てリリーフでの登板ながら5勝を挙げた。

2014年

山口鉄也西村健太朗らが優先起用されたこともあり登板機会は多くなかったが、最終的に38試合に登板し、防御率2.45と安定感を見せた。7月11日の阪神戦で代打の西岡剛と対戦した際に、監督は内野を5人体制にして、外野はセンターを空けるシフトをとったが、西岡にセンター前に打たれ、内野5人シフトを失敗させてしまうプレイがあった[9]

2015年

この年は同じ左腕の新人、戸根千明高木京介の活躍により一度も一軍に上がることなく10月1日に戦力外通告を受け[10]10月22日に現役引退を発表した[11]

現役引退後[編集]

2016年1月1日付で、巨人のスカウトに就任する[12]

プレースタイル[編集]

長身の変則フォームから繰り出す緩急自在の投球が持ち味。平均球速約137km/h[13]、最速144km/hのストレートスライダーカーブチェンジアップシュート。特にカーブはキレがあり、変化も大きくスピードも100km/hに満たない時がある。

投球の際、腕を後ろに伸ばしてから投げる従来の投球フォームとは大きく異なり、腕を畳んだ状態で小さくテイクバックしてから投げるフォームである[14]。この投球フォームからオリックスや阪神で活躍した星野伸之投手を思い起こす評論家やファンは多い。ピッチングスタイルや変化球のレパートリーも似通っている。このフォームから、「ペローン」という本人が希望した愛称で呼ばれることがある。

独特のフォームは社会人時代に大学4年の頃からフォームを崩していた青木に日産の久保監督が「捕手の(送球の)ように後ろを省いてみたら」とのヒントから得たもの[14]。ランナーの有無に関係無くセットポジションからの投球なのは、本人曰く「社会人時代に振りかぶった場合とセットの場合で足を上げた時にズレが生じることに気付いたため」である。

プロ入り後に、フォームの改造が多い投手である。プロ入り当初はオーバースローに近い投球フォームだったが、2年目の2008年半ばにフォームを改造。一度上半身を沈ませる動作が加わったことで完全にスリー・クォーターのフォームになった。4年目の2010年のキャンプからは野茂英雄の指導を受けややトルネード投法気味のフォームに、5年目の2011年からはサイドスローに、巨人に移籍した2013年からはスリークォーター気味のサイドスローになっている。

勝負カウントで甘いコースにボールが集まりやすいせいか、与四死球が少ないながらも、被本塁打が非常に多い。

人物[編集]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2007 広島 29 24 0 0 0 5 11 0 0 .313 549 128.1 144 21 28 5 3 89 2 1 70 68 4.77 1.34
2008 24 7 0 0 0 0 3 0 1 .000 242 55.1 69 8 12 2 1 28 0 1 32 29 4.72 1.46
2009 29 10 0 0 0 2 3 0 1 .400 307 74.0 76 10 16 2 2 50 0 0 40 39 4.74 1.24
2010 19 11 1 1 0 1 6 0 2 .143 305 65.1 102 8 12 0 4 45 1 1 51 49 6.75 1.74
2011 76 0 0 0 0 2 4 0 20 .333 231 55.0 50 4 21 6 3 39 1 0 21 20 3.27 1.29
2013 巨人 34 0 0 0 0 5 1 0 0 .833 120 31.1 19 1 7 1 2 19 0 0 10 10 2.87 0.83
2014 38 0 0 0 0 2 2 0 11 .500 131 33.0 30 1 8 0 2 15 1 0 9 9 2.45 1.15
通算:7年 249 52 1 1 0 17 30 0 35 .362 1885 442.1 490 53 104 16 17 285 5 3 233 224 4.56 1.34
  • 2015年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録[編集]

投手記録
打撃記録

背番号[編集]

  • 47 (2007年 - 2013年途中)
  • 43 (2013年途中 - 2015年)

脚注[編集]

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  1. ^ 広島青木高、安定感戻った先発もう1度! nikkansports.com 2008年6月19日
  2. ^ “内野5人ドンピシャ!広島7ー2ー3併殺”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2009年6月15日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2009/06/15/kiji/K20090615Z00002100.html 2013年5月10日閲覧。 
  3. ^ “青木高 2年ぶりの白星”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2009年7月5日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2009/07/05/kiji/K20090705Z00001030.html 2013年5月10日閲覧。 
  4. ^ “青木高が初完封!広島が中日に圧勝”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2010年4月30日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2010/04/30/kiji/K20100430Z00000920.html 2013年5月10日閲覧。 
  5. ^ 広島青木高サイドスローに変身だ nikkansports.com 2010年12月2日
  6. ^ 【広島】青木が左ひざ負傷 nikkansports.com 2012年2月5日
  7. ^ 【広島】青木は今季絶望 膝手術復帰1年 nikkansports.com 2012年3月27日
  8. ^ 広島から青木高広投手を獲得 小野淳平投手とトレード移籍(読売ジャイアンツ 公式サイト)
    青木高広投手トレードのお知らせ(広島東洋カープ)
  9. ^ 西岡ただいま8連勝ガラ空き中堅へ2点打 日刊スポーツ、2014年7月12日配信
  10. ^ 来季の契約について - Yomiuri Giants Official Web Site 2015年10月1日
  11. ^ 巨人・青木が現役引退へ 戦力外で決断、球団職員に - Sponichi annex 2015年10月23日
  12. ^ 巨人、OBの木佐貫氏、青木氏がスカウトに就任 - サンケイスポーツ 2015年12月15日
  13. ^ 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2012年、145頁。ISBN 978-4-905411-04-8
  14. ^ a b c ALL-IN ルーキー素描

関連項目[編集]

外部リンク[編集]