青木秀夫 (野球)

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青木 秀夫
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県横浜市鶴見区
生年月日 (1962-06-17) 1962年6月17日(56歳)
身長
体重
179 cm
81 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1983年 ドラフト2位
初出場 1985年5月30日
最終出場 1986年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

青木 秀夫(あおき ひでお、1962年6月17日 - )は、神奈川県横浜市鶴見区[1]の元プロ野球選手投手)。

来歴・人物[編集]

鶴見工高では、愛甲猛宮城弘明らと並ぶ県内屈指の好投手として知られる。1980年夏の甲子園県予選では準々決勝で、エース近藤章仁を擁する桐蔭学園に延長11回の接戦の末に敗退、甲子園には届かなかった。卒業後は東芝に入社、黒紙義弘川端順らと強力投手陣を構成し、1983年都市対抗で優勝[2]日本選手権でも準優勝を果たす。

同年のドラフト2位で当時の横浜大洋ホエールズに入団。即戦力として期待されたが、殆ど戦力にならず未勝利のまま1987年に引退。引退後は打撃投手を務める。

東芝野球部は川端、青木と主力投手がドラフト候補となり、指名回避を要望していたが、球団が本人との直接交渉で強行指名。以来、東芝の選手のドラフト指名は34年間、親会社がDeNAになった今でも無い(但し、DeNAとの練習試合実績はあり)。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1985 大洋 6 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 52 11.0 12 4 9 1 1 3 0 0 12 12 9.82 1.91
1986 1 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 12 2.0 6 1 0 0 0 2 0 0 6 6 27.00 3.00
通算:2年 7 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 64 13.0 18 5 9 1 1 5 0 0 18 18 12.46 2.08

記録[編集]

  • 初登板 1985年5月30日広島戦(広島)0-6 5回から3番手登板、2回無失点

背番号[編集]

  • 41 (1984年 - 1987年)
  • 90 (1988年 - 1990年)

脚注[編集]

  1. ^ プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、4ページ
  2. ^ 「都市対抗野球大会60年史」日本野球連盟 毎日新聞社 1990年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]