青塚古墳 (犬山市)

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青塚古墳
Aotsuka Kofun Park 2010-02-27.jpg
墳丘全景(左に前方部、右奥に後円部)
別名 茶臼山古墳[1]/王塚[1]/青塚砦[1]
所属 青塚古墳群
所在地 愛知県犬山市字青塚
(青塚古墳史跡公園内)
位置 北緯35度19分35.03秒
東経136度55分44.19秒
座標: 北緯35度19分35.03秒 東経136度55分44.19秒
形状 前方後円墳
規模 墳丘長123m
高さ12m(後円部)
築造年代 4世紀中頃
埋葬施設 不明
被葬者 (伝)大荒田命(邇波県君祖)
出土品 埴輪・石製品
指定文化財 国の史跡「青塚古墳」
特記事項 愛知県第2位の規模
地図
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青塚古墳(あおつかこふん)は、愛知県犬山市青塚にある古墳。形状は前方後円墳。青塚古墳群を構成する古墳の1つ。国の史跡に指定されている。

愛知県では第2位の規模の古墳で[注 1]4世紀中頃(古墳時代前期)の築造と推定される。

概要[編集]

愛知県西部、犬山扇状地を形成する洪積台地の南西端に築造された大型前方後円墳である[2]。周辺にはかつて10数基の古墳が分布し、青塚古墳群として認知された(現在までにほとんどが消滅)[2][1]。これまでに古墳域は大縣神社(犬山市宮山、尾張国二宮)の社地として推移し[2]1979年昭和54年)以後には発掘調査が実施されている[1]

墳形は前方後円形で、前方部を南西方に向ける。墳丘は前方後円形の基壇の上に構築され、後円部が3段築成、前方部が2段築成[2]。墳丘長は約123メートルを測り、愛知県では断夫山古墳名古屋市熱田区旗屋町、151メートル)に次ぐ第2位の規模になる[1][注 1]。墳丘表面では全面に河原石の葺石が、各段に壺形埴輪列が認められる[2]。また前方部上に方形壇状遺構を有するという特色を有し、同遺構周囲には円筒埴輪列が認められる[2]。墳丘周囲では、やや不定形な盾形の周濠・外堤が巡らされる[2]。出土品としては、前述の埴輪片のほかに鏃形石製品がある[2][1]

この青塚古墳は、出土埴輪・土器より古墳時代前期の4世紀中頃の築造と推定される[2][1]。被葬者は明らかでないが、大縣神社では『先代旧事本紀』「天孫本紀」に見える邇波県君(にわのあがたのきみ)の祖の大荒田命(おおあらたのみこと)の墓と伝承しており、現在も毎年同社による祭祀が行われている[3][1]

古墳域は1983年(昭和58年)に国の史跡に指定された[4]。現在は史跡整備の上で青塚古墳史跡公園として公開されている。

来歴[編集]

構造[編集]

青塚古墳の航空写真(1987年度)
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。
墳丘横景
右に後円部、左に前方部。

古墳の規模は次の通り[1]

  • 墳丘長:約123メートル
  • 後円部
    • 直径:約78メートル
    • 高さ:約12メートル
  • 前方部
    • 長さ:約45メートル
    • 幅:約62メートル
    • 高さ:約7メートル
  • くびれ部
    • 幅:約43メートル

墳丘上では、前方部墳頂において方形壇状遺構が認められる[2]。この方形壇状遺構は東西9メートル・南北7メートル・高さ推定0.5メートル弱の低墳丘状で、遺構周囲では河原石・割石の配石、石敷き、円筒埴輪列が認められる[2]。またこの遺構の東側石列内では、鏃形石製品3点が検出されている[2]

墳丘の各段では、壺形埴輪が約2メートル間隔で配置される[2]。ただし円筒埴輪列については、方形壇状遺構以外では認められていない[2]

なお、現在は後円部墳頂に三等三角点(標高43.39メートル、点名「学伝」)が設置されている[5]

文化財[編集]

国の史跡[編集]

  • 青塚古墳 - 所有者は大縣神社。1983年(昭和58年)2月8日指定[4]

現地情報[編集]

青塚古墳ガイダンス施設
「まほらの館」

所在地

交通アクセス

関連施設

  • 青塚古墳ガイダンス施設「まほらの館」(犬山市青塚) - 青塚古墳に隣接。
    • 開館時間:午前9時-午後5時
    • 休館日:毎週月曜日、年末年始

脚注[編集]

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注釈

  1. ^ a b 愛知県における主な古墳は次の通り(いずれも尾張地方)。
    1. 断夫山古墳(名古屋市熱田区旗屋町) - 墳丘長151メートル。
    2. 青塚古墳(犬山市青塚) - 墳丘長123メートル。
    3. 白鳥塚古墳(名古屋市守山区上志段味) - 墳丘長115メートル。
    なお近年では、三河地方の甲山1号墳(岡崎市六供町)について墳丘長120メートルとする説がある。
  2. ^ 小牧・長久手の戦いの「青塚砦」については、他の伝承地として豊山町豊場青塚屋敷(富士神社鎮座地)がある。ただし同地は、布陣・行軍経路の点では疑わしいとされる(「青塚」『日本歴史地名大系 23 愛知県の地名』 平凡社、1981年)。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 史跡 青塚古墳(犬山市ホームページ、2016年12月21日更新版)。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 青塚古墳(続古墳) & 2002年.
  3. ^ a b 青塚古墳(愛知県ホームページ「文化財ナビ愛知」)。
  4. ^ a b c 青塚古墳 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  5. ^ 基準点成果等閲覧サービス(学伝)”. 国土地理院. 2016年1月10日閲覧。
  6. ^ 青塚古墳(国指定史跡).

参考文献[編集]

(記事執筆に使用した文献)

関連文献[編集]

(記事執筆に使用していない関連文献)

  • 『史跡青塚古墳調査報告書(犬山市埋蔵文化財調査報告書 第1集)』 犬山市教育委員会、2001年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]