霧積温泉

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Hot springs 001.svg霧積温泉
温泉情報
所在地 群馬県安中市松井田町坂本
交通 鉄道:信越本線横川駅よりタクシーで約25分
車:上信越自動車道松井田妙義ICより約35分
泉質 硫酸塩泉
泉温(摂氏 38.9度
湧出量 150ℓ/分
pH 7.6
宿泊施設数 1
総収容人員数 100人(20部屋) 人/日
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霧積温泉(きりづみおんせん)は、群馬県安中市松井田町坂本(旧国上野国)にある温泉

泉質[編集]

温泉街[編集]

温泉街はない。温泉旅館一軒のみ営業。

歴史[編集]

発見は1200年代であるという。が発見したとされ、古くは犬の湯と呼ばれた[3]

明治時代初期には温泉旅館が季節営業を始め、軽井沢別荘地として開かれる以前から別荘が建てられるなど、避暑地として知られるようになった[4]伊藤博文勝海舟尾崎行雄西郷従道岡倉天心西條八十与謝野鉄幹与謝野晶子夫妻、幸田露伴幸田成友兄弟、山口誓子ら多くの政治家や文化人らも訪れている[5]。伊藤博文が明治憲法草案を起草した部屋は2018年現在でも本館の一部として残されている[6]

1888年(明治21年)に軽井沢に初めての別荘を設け、避暑地としての軽井沢の歴史を切り開いたカナダ宣教師アレクサンダー・クロフト・ショーも温泉を訪れ、温泉紹介所を開設した。英文の広告を発行し、外国人にこの地を紹介している。これによりこの地でも本格的な開発が始まり、温泉地・避暑地として栄えた。

しかし1910年(明治43年)に山津波が発生し、4軒あった温泉旅館、50~60軒あった別荘が流され、温泉街・別荘は壊滅。金湯館のみが被害を免れ、営業を続けた[7]。避暑地としても終焉を迎え、山奥の秘湯という風情の現在の姿になった。1971年姉妹館「きりづみ館」誕生[8]2012年(平成24年)4月、きりずみ館が閉館し、以後は金湯館のみの営業となっている。

アクセス[編集]

横川駅から宿の送迎がある。クルマの場合、元きりづみ館跡駐車場から「ホイホイ坂」と呼ばれる山道を30分歩くか宿の送迎を受ける[9]。但し日帰り入浴は送迎は受けられない。

作品とのかかわり[編集]

西條八十の「帽子」という詩の舞台である。また、この詩をモチーフにした森村誠一の小説『人間の証明』の舞台でもある[10]

参考文献[編集]

  • 『群馬の小さな温泉』(上毛新聞社、2010)
  • 『西上州の薬湯』(上毛新聞社、2016)

脚注[編集]

  1. ^ 『群馬の小さな温泉』、p.91
  2. ^ 霧に包まれたノスタルジー霧積温泉朝日新聞2008年7月4日(2018年5月23日アクセス)
  3. ^ 『群馬の小さな温泉』、pp.88 -89
  4. ^ 『群馬の小さな温泉』、p.90
  5. ^ 映画「人間の証明」森村誠一氏が訪れた原作の重要なモチーフ群馬・安中市の霧積温泉産経ニュース2016年12月25日(2018年5月23日アクセス)
  6. ^ No2. 金湯館秘話 金湯館が現在に至るまで金湯館公式HP(2018.8.13 3アクセス)。
  7. ^ 『群馬の小さな温泉』、p.88
  8. ^ 霧に包まれたノスタルジー霧積温泉朝日新聞2008年7月4日(2018年8月18日アクセス)
  9. ^ 『西上州の薬湯』、p.37
  10. ^ 温泉ガイド安中市-あんなか観光ガイド(2018年5月23日アクセス)

外部リンク[編集]