雲巌寺

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雲巌寺
雲巌寺山門 2006年10月26日撮影
雲巌寺山門
所在地 日本の旗 日本 栃木県大田原市雲岩寺27
位置 北緯36度51分10秒
東経140度12分34秒
山号 東山
宗派 臨済宗妙心寺派
本尊 釈迦牟尼仏(銅造釈迦如来坐像)
創建年 1126年-1131年間(大治年間)
開基 叟元和尚
北条時宗(大檀那)、
仏国国師(開山)
正式名 東山 雲巌寺
文化財 仏国国師像(重文)、
仏応禅師像(重文)等
法人番号 1060005004502
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雲巌寺(うんがんじ)は、日本北関東栃木県大田原市雲岩寺に所在する臨済宗妙心寺派寺院である。山号東山(とうざん)[1]本尊釈迦牟尼仏(銅造釈迦如来坐像)。開山高峰顕日(仏国国師)、開基(創立者)は叟元和尚(寺伝)。

禅宗寺院としての開山当時は、筑前聖福寺(現・福岡県福岡市博多区に所在)、越前永平寺(現・福井県吉田郡永平寺町に所在)、紀州興国寺(現・和歌山県日高郡由良町に所在)とともに、日本の禅宗四大道場と呼ばれた。

歴史[編集]

雲巌寺は、平安時代後期の大治年間(1126年-1131年間)に初叟元しょ そうげん和尚によって旧仏教系寺院として開山されたという[2]。しかし寺は何時しか荒廃してしまった[2]

復興させたのは高峰顕日(仏国国師)で[2]弘安6年(1283年[2]、時の執権北条時宗を大檀那とし、高梨勝願法印寄進のもと、臨済宗寺院として改めて開山したといわれる[2]

無住妙徳禅師が住職となった天正6年(1578年)、雲巌寺は臨済宗妙心寺派改宗された。天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐では、烏山城那須資晴が恭順せず、城攻めの際には付近の住民が雲巌寺に逃げ込む。豊臣方は、北条氏を大檀那とするこの寺を軍事要塞と見なし、火を放ったというが、数年後には再建されている。

当寺は俳人松尾芭蕉奥の細道紀行で立ち寄ったことでも知られる。寺域には当時の住職であった仏頂禅師と芭蕉の歌碑があり、以下の2句が刻まれている。

竪横(たてよこ)五尺(ごしやく)にたらぬ(くさ)(いほ) むすぶもくやし (あめ)なかりせば   仏頂
木啄(きつつき)(いほ)はやぶらず 夏木立(なつこだち)   芭蕉

この歌碑は、享和3年(1803年)に建てられたものを、1879年明治12年)になって再建したものと謂われる。

弘化4年(1847年)にも火災で堂宇を失ったが、嘉永2年(1849年)に再建された。

1912年大正元年)、築300年を超えた仏堂の改築工事が始まり、1922年(大正11年)に竣工した。

2010年代JR東日本は、趣深い日本国内の旅を謳うシリーズCM「大人の休日倶楽部」を吉永小百合主演で打ってきたが[3]黒羽町にスポットを当てて雲巌寺を主題の一つとする新篇「栃木県:黒羽の芭蕉篇」が2018年(平成30年)3月から訴求され始めると[3]、厳かな山寺の魅力が消費者に伝わったと見えて、当寺では観光客が急増した[4]。本来的に山深い修行の場であって観光地ではない当寺と周辺地域は、観光客に対応する設備も基本的に無く、通信機器の電波状況も「圏外」であるが、観光客もおおかたはそのことを知ったうえでの来訪であり、大きな混乱は見られない。雲巌寺は、人が内なるものに心を置く道場であり、聖域の逍遥(散策)を楽しんでもらえるよう、静かな参拝を呼びかけている[4]

境内[編集]

文化財[編集]

重要文化財(国指定)
  • 絹本著色仏国国師像 1幅(絵画)[5]
1911年(明治44年)8月9日指定。。鎌倉時代弘安7年(1284年)作。「弘安七年九月」の画賛あり。
  • 絹本著色仏応禅師像 1幅(絵画)[6]
1911年(明治44年)8月9日指定。南北朝時代正平18年/貞治2年(1363年)作。「貞冶癸卯法忻」の画賛あり。
  • 木造無学祖元坐像 1躯(彫刻)[7]
2009年(平成21年)7月10日指定。鎌倉時代作。像高85.9cm
  • 木造高峰顕日坐像 1躯(彫刻)[8]
2009年(平成21年)7月10日指定。鎌倉時代作。像高82.5cm。
大田原市指定有形文化財
  • 山門(指定名称:雲巌寺山門[9]
指定年月日:1996年(平成8年)12月9日。種別:建築物。員数:1棟。時代区分:江戸時代。構造・形式:二層楼門、入母屋造、銅板葺。
大田原市指定天然記念物
  • 雲巌寺の(指定名称:雲巌寺のスギ[10]
指定年月日:1992年(平成4年)11月24日。所在地:雲巌寺境内。所有者:雲巌寺。員数:1本。樹高:39.6m、幹周:5.88m、枝張り:東6.0m、西12.9m、南13.8m、北9.8m。推定樹齢:500から550年。

画像[編集]

交通アクセス[編集]

 バス
 車

無料で自由拝観できるが、いわゆる観光寺院ではなく、修行道場であることに留意が必要である。

出典[編集]

  1. ^ 平凡社日本大百科全書:ニッポニカ』「雲巌寺」
  2. ^ a b c d e 世界大百科事典』第2版「雲巌寺」
  3. ^ a b 大人の休日倶楽部 CM情報”. 公式ウェブサイト. JR東日本 (2018年). 2018年5月9日閲覧。
  4. ^ a b 読売新聞』栃木版 2018年4月30日 25面。
  5. ^ 大田原市 文化振興課 (2017年2月10日). “絹本著色 仏国国師像”. 公式ウェブサイト. 大田原市. 2018年5月9日閲覧。
  6. ^ 大田原市 文化振興課 (2017年2月10日). “絹本著色 仏応禅師像”. 公式ウェブサイト. 大田原市. 2018年5月9日閲覧。
  7. ^ 大田原市 文化振興課 (2017年3月14日). “木造無学祖元坐像”. 公式ウェブサイト. 大田原市. 2018年5月9日閲覧。
  8. ^ 大田原市 文化振興課 (2017年3月14日). “木造高峰顕日坐像”. 公式ウェブサイト. 大田原市. 2018年5月9日閲覧。
  9. ^ 大田原市 文化振興課 (2017年5月2日). “雲巌寺山門”. 公式ウェブサイト. 大田原市. 2018年5月9日閲覧。
  10. ^ 大田原市 文化振興課 (2017年2月13日). “雲巌寺のスギ”. 公式ウェブサイト. 大田原市. 2018年5月9日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]