雀宮神社

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雀宮神社(すずめのみやじんじゃ)は、栃木県宇都宮市にある神社旧社格は郷社。

歴史と趣のある神社として、地元民に敬愛されている。この地域を治めていた宇都宮氏の信仰は篤く、雀宮神社を、城を守る四神の内、南の『朱雀』と位置づけ、城主がしばしば遠乗りをしてお参りに来たといいます。

雀宮神社は皇族である御諸別王を祭神としていることから、1713年(正徳三年)東山天皇から金文字で『雀宮』と書かれた勅額が掲げられていたため、日光社参をする将軍家をはじめとして、諸大名は下馬して参拝したと伝えられています。

祭神[編集]

由緒[編集]

この神社の創建年代などについては不詳であるが、この神社の周辺の地名の由来ともなった神社であり、日光街道日光東往還の雀宮宿が置かれた。

伝承によれば、由緒は、平安時代に遡る。かつて台新田村雀宮宿と称しており、長徳三年(997年)に創建されたと伝わる。

一条天皇(第六十六代)の御代、藤原実方が陸奥守(むつのかみ)に任ぜられ、陸奥国へと赴く途中、当地に滞在したのち、任国へと下ったという。

実方の妻、綾女(あやめ)が、実方を慕って任国に向かおうとした。綾女姫が当地まで来たところ、重篤な病に伏せり、臨終の床で、次のように遺言したとされる。

「われ、夫中将実方を陸奥国にまで尋ね参らせんとせしが、病のため、此処にて死す。われの持てるこの宝珠は、大日孁尊(だいにちれいそん=天照大神)と、素盞嗚命(すさのおのみこと)との盟約の折の宝珠なれが、藤原家に預け置かれり。藤原家の宝珠なれど、この地に止めさせ、産土神(うぶすながみ)と斎き祀り(いつきまつり)せば、当地は長く繁栄なるべし。」郷人等はその遺言を奉じて、その宝珠を土地の産土神として尊く祀ったという。

その後、長徳三年(997年)9月19日、藤原実方がこの地を訪れて、神社を創建し、後に自身も合祀されたとも伝わる。


明治三十五年に記された『下野神社沿革誌』によると、雀宮神社と綾女神社は元来それぞれに祭神素戔嗚命 相殿一座藤原實方朝臣命(雀宮神社)、祭神宇賀御魂命(綾女神社)とされている。境内社として祀られていた綾女神社は、明治四十二年五月、湯殿神社とともに雀宮神社に合祀された記録がある。現在境内社として祀られている綾女稲荷神社と同一とは判然されないが、綾女姫の伝承から祀られたものとみられる。


また、この地に伝えられる言説に、御諸別王(みもろわけのきみ)を祭神とする説がある。

御諸別王が、東国を治めた際に、雀宮周辺を本拠地とされ、『日本書紀』の「早くより善政を得たり」とした記述があるとされている。そのため、後に人々から「鎮(しずめ)の宮」と尊称されたという。雀宮神社の祭神として祀られたという御諸別王を実質的な祖とした毛野氏一族は東国第一の豪族である。そうした関連性からであろうと思われるが、八幡太郎義家(源義家)が御諸別王を祭神として祀ったという。

例祭[編集]

文化財[編集]

所在地[編集]

奥のカラーコーンのところは雀宮神社参道入口
  • 栃木県宇都宮市雀宮町289
  • 国道4号のちょうど100㎞のところに位置する。参道入口より20m北に「東京まで100㎞」のキロポストがある。

外部リンク[編集]

関連項目[編集]