陽気な墓

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陽気な墓(video)
陽気な墓の墓石

陽気な墓ルーマニア語: Cimitirul Vesel 発音 [t͡ʃimiˈtirul ˈvesel] )は、ルーマニアマラムレシュ県サプンツァ村にある墓地。鮮やかな色の墓石に、埋葬されている人々の生涯の場面を独創的かつ詩的な方法で描いた素朴な絵画で有名である。陽気な墓は野外博物館となりルーマニアの観光名所になった。

この墓地の他にない特徴として、ヨーロッパの社会で文化的に共有されている一般的な信仰、つまり死を消えることのない厳粛なものと見なす信仰とは全く異なることが挙げられる。地元のダキア文化とつながり、その哲学的信条は魂の不滅性と、死はより良い生活への喜びと期待に満ちた瞬間であるという信仰を象徴している(Zalmoxianismも参照)。

陽気な墓の碑文は、2017年にRoxana Mihalcea [1]が編纂した書籍Crucile de la Săpânța、およびPeter Kayafasによる写真集The Merry Cemetery of Sapantaに収集されている。[1]

創設者[編集]

墓地の創設は、最初の墓石の十字架を彫刻した地元の芸術家、スタン・ヨアン・パトラシュである。 1935年、パトラシュは最初の碑文を彫り、1960年代の時点では、そのように樫の木ので作られた十字架は800を超えた。彼の墓石の十字架の碑文には次のように書かれている。

ルーマニア語 日本語
De cu tînăr copilaș 小さい頃から
Io am fost Stan Ion Pătraș 私はスタン・イオン・パトラシュとして知られていた
Să mă ascultaț oameni buni 聞いてくれ
Ce voi spune nu-s minciuni 私が言おうとしていることに嘘はない
Cîte zile am trăit 私は人生を通じて
Rău la nime n-am dorit 私は誰にも危害を加えず
Dar bine cît-am putut できる限り良くしてきた
Orișicine mia cerut 求められた人々に
Vai săraca lumea mea ああ、世界よ
Că greu am trăit în ea とても生きづらかった

面白い碑文[編集]

ルーマニア語 日本語
Sub această cruce grea この重い十字架の下に
Zace biata soacră-mea 私の最愛の義母眠る
Trei zile de mai trăia もしあと3日生きていたら
Zăceam eu și cetea ea. 私がここに横たわり、彼女は(この十字架)を読むことになっただろう
Voi care treceți pă aici ここを通りかかっているあなた
Incercați să n-o treziți 決して彼女を起こさないで
Că acasă dacă vine 彼女が家に帰ったら
Iarăi cu gura pă mine きっと私は叱られる
Da așa eu m-oi purta はい、私もそのように気をつけます
Că-napoi n-a înturna 彼女が墓から戻らないように
Stai aicea dragă soacră-mea ここにいて、私の最愛の義母!

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ The Merry Cemetery of Sapanta”. Purple Martin Press. 2020年6月17日閲覧。

外部リンク[編集]