阿部正実

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阿部 正実
時代 江戸時代中期 - 後期
生誕 宝暦14年2月8日1764年3月10日
死没 天保2年12月8日1832年1月10日
改名 房五郎(幼名)、正実
戒名 義徳院覚心道性
墓所 東京都台東区西浅草の東光院
官位 従五位下、因幡守、兵部少輔、信濃
幕府 江戸幕府
氏族 阿部氏
父母 父:阿部正允、養父:阿部正賀
正室:阿部正保の娘
養子:正簡

阿部 正実(あべ まさざね)は、上総佐貫藩の第4代藩主。備後福山藩阿部家分家5代。

宝暦14年(1764年)2月8日、武蔵忍藩主で大坂城代阿部正允の四男として大坂で生まれる。安永8年(1779年)12月に佐貫藩の第3代藩主阿部正賀の養子となる。安永9年(1780年)の正賀の死去により、家督を継いだ。天明元年(1781年)12月に従五位下・因幡守に叙位・任官する。

日光祭礼奉行代や和田倉門番などを歴任し、天明8年(1788年)4月に兵部少輔に遷任する。寛政4年(1792年)11月20日、病気を理由に家督を養子の正簡に譲って隠居する。

文化11年(1814年)3月に信濃守に遷任する。天保2年(1831年)12月8日に死去した。享年68。