阿蘇大橋
| 阿蘇大橋 | |
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かつての阿蘇大橋(2009年撮影) | |
| 基本情報 | |
| 国 |
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| 所在地 | 南阿蘇村 |
| 交差物件 | 黒川 |
| 建設 | 1969年-1970年 |
| 座標 | 北緯32度53分0.8秒 東経130度59分18.9秒 / 北緯32.883556度 東経130.988583度 |
| 構造諸元 | |
| 全長 | 205.9m[1][2][3] |
| 幅 | 8.8m |
| 高さ | 76m |
| 関連項目 | |
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阿蘇大橋(あそおおはし)は、熊本県阿蘇郡南阿蘇村立野と南阿蘇村河陽字黒川の国道325号の黒川を跨ぐところに架橋されていた橋。通称・赤橋[4][5]。国道57号から分岐した所にあるアーチ型が特徴の橋だったが、2016年4月16日の熊本地震で橋の直下の断層が動き、橋脚を支える地盤がずれたことにより崩落した[6][7]。2020年度を目途にコンクリート橋として復旧される予定である。
沿革[編集]
国道57号から分岐し南郷谷(南阿蘇村・高森町)へ至る、国道325号[8]バイパスの一部として1967年4月に着工、1970年12月に完成した(バイパスの全通は1971年[9])。橋長は205.96メートル、幅員は8メートル、黒川の谷底からは76メートルの高さにあった。総工費は3億1,300万円。1986年時点では1日平均で約6,000台が利用していた[10]。橋の塗装は当初はオレンジ色で、1994年に景観調和と自殺防止対策(後述)として灰色に塗り替えられたが、以後も地元では「赤橋」の通称で呼ばれていた[4]。橋の両側に幅の狭い歩道とフェンスが設置され、車道は追い越しと駐停車の禁止区間に指定されていた。
1971年の開通後、阿蘇大橋からの投身自殺が相次いだ(1981年から2011年12月までに59件発生していた)ことから、熊本県は1990年に橋の両端から水平に張り出すかたちで約1.5メートルの柵を、2002年には高さ約2メートルの忍び返し付きのフェンスをそれぞれ設置し、1994年には橋の塗装を灰色に塗り替えた[4]。自殺防止対策の結果、2002年以降の投身自殺は4件にとどまっていた(2011年12月時点)[4]。地元の消防(阿蘇広域行政事務組合消防本部南部分署)には投身自殺者の捜索・救助のための救助工作車が配備されている[4]。また、橋のたもとには地元住民により「まてまて地蔵」が設置されている[4]。
2009年度からは渋滞対策として阿蘇大橋を拡幅し、国道57号への右折車線を15メートルから59メートルに延長する改良工事(総工費:1億5,000万円)が実施され、2015年4月3日正午より供用されていた[11]。
地震による崩落[編集]
2016年4月16日に起きた平成28年熊本地震の「本震」で西側の山が50万立方メートル(長さ約700メートル、幅約200メートル)[12]にわたって崩壊する大規模な土砂崩れが発生し、この影響により橋が崩落したと報道された[1][2][13][14][15][16]。地震後、阿蘇市の大学生が付近で行方不明となり、車ごと土砂崩れに巻き込まれた可能性があるため捜索活動が行われていたが、土石流などの二次災害の危険性から捜索活動は断念された(なお、捜索活動は大学生の家族や友人らの手によって独自に行われ、同年8月に遺体が収容された)[17][18]。
その後の調査で地震の前後で橋脚を支える地盤の位置が右岸側は約2メートル、左岸側は44センチ、橋を圧縮する形でずれていたことが分かった。このずれにより橋のアーチ部が破壊されるほどの力がかかり、崩落に至ったと考えられている[6][7]。土砂崩れの影響については橋を崩落させるほどではなく、崩落の主原因ではないと分析された。
復旧[編集]
橋の再建は国が事業費の大半を負担する方針だが[19]、「同じ場所での再建は困難」(土木学会)との意見があった[20]。
その後、国土交通省は元の場所から600m下流に橋を架け直すと2016年7月5日に発表し、更に2016年7月29日に架け替える阿蘇大橋の橋梁形式を「PC3径間連続ラーメン箱桁橋」にすることを発表した[21]。橋長は345メートル、最大支間長は165メートル、下部構造は、逆T型橋台とRC中空橋脚、張り出し式橋脚である[22]。
設計後に本格着工するまでは数年程度かかる見通しであったが[23][24]、2017年4月16日に2020年度(平成32年度)の全線開通を目標に工事を進めると発表された[25]。
2018年4月、国土交通省が地震による地盤のずれに対応できる構造を新橋に採用したことが報道された。新橋が架けられる場所の下にも活断層があると推定されている。地震で地盤がずれた際の落橋を防ぐため、活断層の推定位置の両側にあたる2本の橋脚と橋桁の接合部の強度を弱めて外れやすくし、橋脚上部の幅も広くして、接合部が外れた場合は橋脚上部で橋桁を受け止める構造とした。[26]
旧橋の諸元[編集]
- 橋格 - 一等橋(TL-20)[27]
- 橋長 - 205.9 m[3]
- 主径間 - 132.2 m[3]
- 総幅員 - 8.8 m[28]
- 有効幅員 - 8.0 m(車道6.5 m、歩道0.75 m×2 )
- 車線数 - 2車線
- 制限速度 -
- 形式 - 上路式トラスド逆ランガー桁橋[27]
- 施工会社 - 石川島播磨重工(現・IHI)[3]
- 総事業費 -
- 着工 - 1969年(昭和44年)9月[27]
- 竣工 - 1970年(昭和45年)12月[27]
新橋の諸元[編集]
- 橋種 - PC3径間連続ラーメン箱桁橋
- 橋長 - 345 m
- 主径間 - 165 m
- 下部構造 - 逆T型橋台、RC中空橋脚、張り出し式橋脚
- 施工会社 - 大成建設・IHIインフラ建設・八方建設JV [29]
- 着工 - 2017年
- 竣工予定 - 2020年度
年譜[編集]
- 1970年(昭和45年)12月 - 竣工[27]
- 1971年(昭和46年) - 開通[1]
- 1990年(平成2年) - 橋の両端から水平に張り出すかたちで約1.5メートルの柵を設置。
- 1994年(平成6年) - 橋の塗装がオレンジ色から灰色に塗り替えられる。
- 2002年(平成14年) - 高さ約2メートルのフェンスを設置。
- 2015年(平成27年)4月3日 - 2009年度から行われていた改良工事が完了。橋の一部を拡幅し、国道57号への右折車線を15メートルから59メートルに延長する。
- 2016年(平成28年)4月16日 - 熊本地震により崩落[1][2][13][14][15]。
- 2017年 - 新橋の事業に着手
近隣の施設等[編集]
- 数鹿流ヶ滝
- 阿蘇東急ゴルフクラブ
- 東海大学阿蘇キャンパス
- 京都大学火山研究センター
現存する記録映像[編集]
- 稲川淳二 恐怖の現場シリーズ (最終章 ~禁断の地 永久に、永遠に~ VOL.1【2013年発売、2012年晩秋頃収録】の冒頭で旧橋が収録されている)
脚注[編集]
- ^ a b c d “阿蘇大橋が崩落 地元男性「橋がなくなっている」”. 朝日新聞 (2016年4月16日). 2016年4月16日閲覧。
- ^ a b c “南阿蘇村の「阿蘇大橋」崩落 救助活動に支障のおそれ”. NHKニュース (2016年4月16日). 2016年4月16日閲覧。
- ^ a b c d 橋梁年鑑 阿蘇大橋 詳細データ - 日本橋梁建設協会 橋梁年鑑データベース、2016年4月16日閲覧。
- ^ a b c d e f 『朝日新聞』2011年12月18日朝刊(熊本版)
- ^ M7.3県内被害深刻 (PDF) 『熊本日日新聞』2016年4月16日号外。
- ^ a b “阿蘇大橋崩落「地盤のずれ主因」、両岸から圧縮…学会調査”. 読売新聞. (2017年12月28日) 2017年12月31日閲覧。
- ^ a b “阿蘇大橋、地盤ずれ崩落 熊本地震 直下に断層の可能性”. 西日本新聞. (2017年12月31日) 2017年12月31日閲覧。
- ^ 1970年の国道昇格以前は県道高千穂大津線。
- ^ 「長陽村」『角川日本地名大辞典 43 熊本県』p.1316
- ^ 「阿蘇大橋」『角川日本地名大辞典 43 熊本県』p.93
- ^ 「阿蘇大橋の渋滞緩和へ」『朝日新聞』2015年4月2日朝刊26面(熊本版)
- ^ “<熊本地震>阿蘇大橋の西側でも崩壊”. 毎日新聞 (2016年5月4日). 2016年5月7日閲覧。
- ^ a b 鶴善行. “阿蘇大橋 跡形なく 上空ルポ”. 西日本新聞 2016年4月17日朝刊28面(15版). 2016年5月25日閲覧。
- ^ a b “阿蘇大橋谷底へ 火山灰の堆積層「表層崩壊」か”. スポニチアネックス (2016年4月17日). 2016年4月17日閲覧。
- ^ a b “阿蘇大橋崩落 交通の動脈寸断”. 東京新聞 (2016年4月17日). 2016年4月17日閲覧。
- ^ “阿蘇大橋の落橋を招いた土砂災害の巣へ”. 日経コンストラクション(日経BP) (2016年4月22日). 2016年4月25日閲覧。
- ^ “男子大学生と連絡取れず 阿蘇大橋付近?足取り途絶える”. 朝日新聞 (2016年4月19日). 2016年4月24日閲覧。
- ^ “無人重機を投入、本格的な捜索…阿蘇大橋付近”. 読売新聞 (2016年4月23日). 2016年4月24日閲覧。
- ^ “阿蘇大橋、国主体で再建 事業迅速化へ国交相方針”. 西日本新聞 (2016年5月1日). 2016年5月7日閲覧。
- ^ “阿蘇大橋の再建「同じ場所困難」土木学会が見解”. 西日本新聞 (2016年5月1日). 2016年5月7日閲覧。
- ^ “国道325号阿蘇大橋 橋梁形式について 〜PC3径間連続ラーメン箱桁橋に決定〜” (PDF) (プレスリリース), 国土交通省 九州地方整備局, (2016年7月29日) 2016年8月4日閲覧。
- ^ 松元勝美:国道325号阿蘇大橋、'PCプレス'、Vol.013、p.25、2017年5月号、一般社団法人 プレストレスト・コンクリート建設業協会
- ^ Yahoo!ニュース『阿蘇大橋 600メートル下流で再建へ 熊本地震で崩落』(2016年7月5日閲覧)
- ^ “国道325号阿蘇大橋の架け替え位置について〜現位置から下流側の位置に決定〜” (PDF) (プレスリリース), 国土交通省 九州地方整備局, (2016年7月5日) 2016年7月6日閲覧。
- ^ “国道57号北側復旧ルート・国道325号阿蘇大橋ルートの開通見込みについて” (PDF) (プレスリリース), 国土交通省 九州地方整備局, (2017年4月16日) 2017年4月19日閲覧。
- ^ “新阿蘇大橋、地震に備え 地盤ずれても落橋せず”. 熊本日日新聞. (2018年5月5日) 2018年5月31日閲覧。
- ^ a b c d e 『鐵骨橋梁年鑑 第9巻』140頁。
- ^ 『鐵骨橋梁年鑑 第9巻』141頁。
- ^ 日刊建設工業新聞 九州地方整備局阿蘇大橋上下部工大成建設JVに
参考文献[編集]
- 岩崎生之助「(火の国をゆく) 阿蘇大橋(南阿蘇村)身投げ多発、哀惜の跡」『朝日新聞』2011年12月18日朝刊35面(熊本版)
- 『角川日本地名大辞典 43 熊本県』角川書店、1987年。
- “鐵骨橋梁年鑑 第9巻 昭和46年度版(1971年) (PDF)”. 日本橋梁建設協会. pp. 140-141 (1972年9月15日). 2016年4月16日閲覧。