阿尾城

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阿尾城(あおじょう)
富山県
阿尾城跡のある城ケ崎(阿尾漁港側より撮影)
阿尾城跡のある城ケ崎(阿尾漁港側より撮影)
城郭構造 山城
築城年 永禄年間(1558 - 1570)
主な城主 菊池氏
廃城年 慶長年間(1596 - 1614)
遺構 曲輪
指定文化財 県史跡(阿尾城跡)[1]
再建造物 石碑、説明板
位置
地図
阿尾城の位置(富山県内)
阿尾城
阿尾城

阿尾城(あおじょう)は、富山湾に面した独立丘陵の城ケ崎に築かれた戦国期の山城。県指定史跡

概要[編集]

能登へ向かう街道と海上交通をおさえる要衝に位置し、戦国末期の城主として九州出身とされる菊池氏が知られる[2]

菊池氏は上杉謙信に従った後、織田信長と結び、越中入りした佐々成政配下として活躍した。信長死後は成政と対立した前田利家方につき、佐々成政に攻められるも前田勢の加勢により撃退している[2]。所領を安堵されたが、慶長年間(1596 - 1614)初めに当主が没したため廃城となった。

なお、阿尾城が前田方に明け渡された天正13年(1585年)、阿尾城に入った前田方の武将のひとりが、かぶき者として知られる前田慶次郎である。このため、前田慶次郎が阿尾城の城代を務めたという説があるが、実際に城にとどまったのは3か月程度のことと考えられる。

出典[編集]

  1. ^ 富山県指定文化財(平成27年教委告示第5号現在)”. 富山県. 2017年1月21日閲覧。
  2. ^ a b 阿尾城”. 日本の城がわかる事典. コトバンク. 2017年1月8日閲覧。

情報提供:氷見市教育委員会教育総務課