閻芝

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閻 芝(えん し、生没年不詳)は、中国三国時代の政治家・武将。

正史での事績[編集]

章武2年(222年)、巴西太守だった閻芝は、夷陵の戦いで敗れた劉備へ援軍を派遣するため、諸県の兵五千人を徴発して馬忠に率いさせた。

また、『後出師表』に、数十年のうちに集めた四方の精鋭として趙雲陽羣馬玉丁立白寿劉郃鄧銅とともに名前を挙げられた。諸葛亮は漢中に駐屯して以降、彼らや多くの曲長(千人を率いる将)・屯将(五百人を率いる将)を失ったと嘆いている。

三国志演義[編集]

正史と同様に『後出師表』に名前のみ登場する。

吉川英治の『三国志』では記載を削除されている。

出典[編集]