門頭溝区

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中華人民共和国 北京直轄市 門頭溝区
斎堂鎮川底下村(爨底下村)の全景
斎堂鎮川底下村(爨底下村)の全景
旧称:宛平
北京市中の門頭溝区の位置
北京市中の門頭溝区の位置
簡体字 门头沟
繁体字 門頭溝
拼音 Méntóugōu
カタカナ転写 メントウゴウ
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
直轄市 北京
行政級別 市轄区
建置 781年
改称 1958年
面積
総面積 1,455 km²
人口
総人口(2005) 23.8 万人
経済
電話番号 010
郵便番号 102300
行政区画代碼 110109
公式ウェブサイト http://www.bjmtg.gov.cn/

門頭溝区(もんとうこうく)は中華人民共和国北京市に位置する市轄区。かつては宛平県(県城は現在の豊台区にあった)に属した。

地理[編集]

古来から「東に都邑を望み、西は長城が走り砂漠に通じる」地と呼ばれる。区の大きさは南北34km、東西62km、面積は1,455平方kmに及ぶ。区の西部には太行山脈から伸びる山脈があり、山地面積が98.5%、平地面積は1.5%に過ぎない。区内の最高峰は東霊山(海抜 2,303m)で、同時に北京市の最高峰でもある。高低差が激しく、区の中で植生の垂直分布が見られる。

主要河川は永定河で、区内を100kmに渡り流れる。

歴史[編集]

前283年昭王により門頭溝地区には上谷、漁陽郡が設置された。秦代には広陽、上谷郡が設置され、隋初には幽州薊県及び燕州沮陽県が設置されて、607年大業3年)の州制廃止に伴い薊県及び懐戎県に改編された。

781年建中2年)、薊県西部と広平県東部を統合し新たに幽都県が誕生、1012年開泰元年)には宛平県に改称され、民国末まで宛平の名称が沿襲された。

中華人民共和国が成立すると宛平県を分割し一部は河北省宛平県、一部は北京市第16区へと改編された。1952年9月、両者は京西鉱区に編入され、1958年5月に門頭溝区と改称され現在に至っている。

行政区画[編集]

区分 名称
街道 4 大峪、城子、東辛房、大台
地区 3 王平、永定、竜泉
6 潭柘寺、軍荘、雁翅、斎堂、清水、妙峰山

外部リンク[編集]