門脇章太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

門脇 章太郎(かどわき しょうたろう、明治34年(1901年) -昭和46年(1971年))は、日本実業家政治家宗教家

学習院大学名誉教授門脇卓爾の父。

経歴[編集]

鳥取県西伯郡所子村(現大山町)の豪農の家(門脇家住宅として現存)に生まれる。父・門脇才蔵、母・チヨノの長男。米子中学校を経て、

大正13年(1924年京大修了[1]

所子村産業組合長、所子村農会長、所子村長を経て米子銀行取締役、鳥取県産業組合連合会理事米子支所長、米子銀行常務取締役を歴任し、昭和16年(1941年)合併により山陰合同銀行常務取締役に就任[1]

人物像[編集]

米子中学校では野球部で主将を務めた[2]

参考文献[編集]

  • 『新日本人物大観』(鳥取県版) 人事調査通信社 1958年 カ…331頁
  • 『勝田ヶ丘の人物誌』』(編集・勝田ヶ丘の人物誌編集委員会、発行・鳥取県立米子東高等学校創立百周年記念事業実行委員会 2000年、319-322頁)

関連[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 『新日本人物大観』(鳥取県版)1958年 カ…331頁
  2. ^ 「鳥取県立米子東高等学校野球部史(一)」p.64-70(1994年、鳥取県立米子東高等学校野球部史編纂委員会)、参考

外部リンク[編集]