長野県屋代高等学校・附属中学校

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長野県屋代高等学校附属中学校・長野県屋代高等学校
Nagano pref Yashiro highschool.jpg
過去の名称 長野県埴科中学校
長野県屋代中学校
長野県屋代東高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 長野県の旗 長野県
設立年月日 1923年
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科理数科(高等学校)
学期 2学期制
高校コード 20123F
所在地 387-8501
長野県千曲市屋代1000
外部リンク 公式サイト
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附属中学校

長野県屋代高等学校・長野県屋代高等学校附属中学校(ながのけんやしろこうとうがっこう・ながのけんやしろこうとうがっこうふぞくちゅうがっこう)は、長野県千曲市屋代1000にある公立の高等学校中学校である。

概要[編集]

高等学校は理数科と普通科を擁する。

現在の校舎は1991年(平成3年)に新築されたもの。附属中学校は、高等学校と同じ校地に、2012年(平成24年)に開校した。1学年80名(男女各40名ずつ)。中学専用の校舎が1棟新築されたが、体育施設や特別教室などは高等学校と共用使用している。

一つの学校の中に「長野県屋代高等学校」と「長野県屋代高等学校附属中学校」が同居している。中学校の校章は高等学校の校章を参考に新たに作成された。

「校歌」や「文化祭」「生徒会」、体育授業伝統の「屋代高校体操」などは高等学校・中学校の両校ともに共通。校長は両校共通で1名。校長の下に、附属中学には副校長を、高等学校には教頭を置く。「教員の相互乗り入れ」を謳い文句に、両校の教員が所属に関係なく両校を指導する。

沿革[編集]

  • 1923年(大正12年)4月 - 長野県埴科中学校として開校。
  • 1925年(大正14年) - 長野県屋代中学校に改称。
  • 1948年(昭和23年)4月 - 学制改革により、長野県屋代東高等学校となる。定時制、商業科新設。
  • 1963年(昭和38年)4月 - 長野県屋代高等学校に改称。
  • 1976年(昭和51年) - 定時制廃止。
  • 1992年(平成4年)4月 - 理数科を設置(県下初)。
  • 2003年(平成15年)4月22日 - 文部科学省からスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の指定(3年間)を受ける。
  • 2006年(平成18年)4月 - 文部科学省から新たにスーパーサイエンスハイスクールの指定(5年間)を受ける。
  • 2011年(平成23年)4月 - 文部科学省から新たにスーパーサイエンスハイスクールの指定(5年間)を受ける。
  • 2012年(平成24年)4月1日 - 長野県屋代高等学校附属中学校が開校。中高一貫教育を開始。

中高一貫校化[編集]

2009年(平成21年)6月4日、屋代高等学校は、「屋代高等学校への中高一貫教育導入について」という要望書を長野県教育委員会に提出し、併設型中高一貫教育導入の検討を要請。これに対し、同教育委員会は10月13日の定例会において「東北信における併設型中高一貫校の設置計画(案)について」との議題の中で、屋代高校に2012年(平成24年)4月を目処に併設型中学校を開校するとの案を示した。そして、12月17日の同定例会において2012年(平成24年)4月に「長野県屋代高等学校附属中学校(仮称)」を開校する事を正式に決定し、2012年(平成24年)4月1日に長野県屋代高等学校附属中学校が開校した。

教育目標[編集]

教育基本法の精神に則り、創立以来の質実剛健の校風を継承して、次の三綱領を定める。

 1  学力の充実と知性の啓発につとめる。

 2  自主独立の気風を養い、創造性を育成する。

 3  情操豊かな人間性を陶冶し、健康な身体を錬成する。

行事[編集]

  • 応援練習 - 伝統行事のひとつで、4月に新一年生に対して行われる。校歌や応援手拍子の他、先輩に対する挨拶の仕方などを学ぶ。
  • 鳩祭 - 文化祭。その名称は校章(向き合う2羽の鳩の下に高の文字)に由来する。

校歌[編集]

著名な出身者[編集]

交通アクセス[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]