長野県上田高等学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
長野県上田高等学校
20080624上田高校正門.jpg
過去の名称 長野県尋常中学校上田支校
長野県中学校上田支校
長野県立上田中学校
長野県上田中学校
長野県上田松尾高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 長野県の旗 長野県
校訓 文武両道・自学自習・試百難
設立年月日 1875年
(第16中学区予科学校)
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
定時制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 2学期制
高校コード 20127J
所在地 386-8715
長野県上田市大手一丁目4番32号
北緯36度24分03秒
東経138度14分56秒
外部リンク 公式サイト
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
テンプレートを表示
上田城主屋敷跡(現上田高校)周りのお堀

長野県上田高等学校(ながのけんうえだこうとうがっこう)は、長野県上田市大手一丁目にある公立高校。男女共学で、全日制普通科と定時制普通科を設置している。

概要[編集]

校舎は上田藩の藩主館跡に建てられており、校門は上田藩主居館表御門を継承している。周囲には堀も残されている。門、塀、堀はともに上田市の文化財に指定されている。学内及び学区内の高等学校では部活を「~部」ではなく「~班」と呼称する。そのため、部活ではなく班活と言う。

同校の学祭は、前身の上田松尾高等学校にちなんで「松尾祭」と言う。

2004年より、公立高等学校の通学区制度が変更され、東信地区は第5から第2通学区へと変更になった。

前期選抜は2011年度より実施しないことを表明している。

沿革[編集]

  • 1875年7月 - 本校の前身である、第16中学区予科学校を設置。
  • 1878年6月 - 上田町立上田変則中学校を設置。
  • 1882年4月 - 郡立小県中学校を設置。
  • 1884年9月 - 長野県立長野中学校上田支校を設置。
  • 1893年4月 - 長野県尋常中学校上田支校を設置。
  • 1899年4月 - 長野中学校上田支校となる。
  • 1900年4月 - 長野県立上田中学校となる。
  • 1901年 - 長野県上田中学校野沢分校を設置。(現:長野県野沢北高等学校
  • 1904年4月1日 - 野沢分校が、長野県立野沢中学校として独立。
  • 1920年 - 長野県令38号により、長野県上田中学校に改称。
  • 1947年4月1日 - 学制改革第1段階(6・3制)実施により長野県上田中等学校併設中学校が設置される。
  • 1948年4月1日 - 学制改革第2段階(6・3・3・4制)実施により長野県上田松尾高等学校となる。定時制を設置。
  • 1950年3月31日 - 長野県上田中等学校併設中学校廃止。高等学校のみとなる。
  • 1957年8月 - 野球班が甲子園に出場。(2回戦:平安3-1、準々決勝:広島商0-5)
  • 1958年4月1日 - 長野県上田高等学校に改称。
  • 1987年8月 - 野球班が甲子園に出場。(2回戦:習志野2-5)
  • 1989年1月 - サッカー班が全国大会に出場。(1回戦:加治木工1-2)
  • 2000年 - 創立百周年。11月には、同校出身者である永六輔による講演会が開催された。
  • 2003年4月 - 文部科学省より学力向上フロンティアハイスクールの指定(3年間)を受ける。
  • 2007年4月 - 未履修問題解決のための土曜授業(隔週)の開始。
  • 2013年4月 - 日課55分授業開始。
  • 2014年3月 - 文部科学省よりスーパーグローバルハイスクール(SGH)アソシエイト校の指定を受ける[1]
  • 2015年3月 - 文部科学省よりスーパーグローバルハイスクール(SGH)校の指定を受ける[2]

校歌[編集]

著名な出身者[編集]

最寄駅[編集]

登場作品[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ SGHアソシエイト一覧(別添2) (PDF)”. 文部科学省 (2014年3月28日). 2015年2月6日閲覧。
  2. ^ 別添1,2)平成27年度スーパーグローバルハイスクール指定校一覧等 (PDF)”. 文部科学省 (2015年3月31日). 2015年5月31日閲覧。
  3. ^ 最高裁判所裁判官国民審査公報 (PDF)”. 大分県選挙管理委員会 (2012年12月). 2017-10-21(アーカイブ)閲覧。[リンク切れ]アーカイブ

外部リンク[編集]