長野地震

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長野地震(ながのじしん)は、1941年7月15日、午後11時45分27秒、長野県長野市長沼付近(北緯36度39.4分、東経138度11.6分、深さ5.3km)を震源として発生したM6.1の地震。震源域の地名から長沼地震とも呼ばれる。

規模は小さかったが震源が浅く、長野市の長野地方気象台震度6の強い揺れを観測した。死者5名、負傷者19名(重傷3名、軽傷16名)を出した。また、住家全壊29戸、半壊115戸、非住家全壊49戸、半壊122戸。長沼小学校は損傷が大きく、補修し一時的に使用したが後に改築した[1]

本震の2時間前、午後9時45分32秒に(東経138度14.27分 北緯36度43.03分)M3.7(最大震度3)の前震が発生している。1847年に発生した善光寺地震 M - 7.4 の余震活動と考えられる[2]

出典[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 善光寺平に於ける民家構造の特異性と震害 東京帝国大学地震研究所彙報. 第19冊第4号, 1941.9.30, pp.661-670
  2. ^ 災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 第1章 災害の概要 平成19年3月 -1847 善光寺地震-

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