長谷駅 (広島県)

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長谷駅
入口と駅舎(2008年7月9日)
入口と駅舎(2008年7月9日)
ながたに
Nagatani
船佐 (2.2km)
(2.5km) 粟屋
所在地 広島県三次市粟屋町字長谷
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線 F 三江線
キロ程 100.6km(江津起点)
電報略号 ナニ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗車人員
-統計年度-
0人/日(降車客含まず)
-2015年-
開業年月日 1969年昭和44年)4月25日*
廃止年月日 2018年平成30年)4月1日
備考 無人駅
路線廃止に伴う廃駅
* 仮乗降場として。1987年(昭和62年)4月1日に正式な駅へ格上げ。
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長谷駅の位置
長谷駅の位置
長谷駅の
位置
長谷駅の位置

長谷駅(ながたにえき)は、広島県三次市粟屋町字長谷にかつて設置されていた、西日本旅客鉄道(JR西日本)三江線廃駅)である。三江線の廃止に伴い、2018年(平成30年)4月1日に廃駅となった。

概要[編集]

元は仮乗降場であったため、時刻表には掲載されていなかった。しかし、1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化を機に正規の駅として認められ、同年4月のJR発足時に駅に格上げされた。

三江線で唯一通過列車が設定されていた駅であり、一部の列車は停車しなかった。廃止前の2017年(平成29年)時点で、下りが2本、上りは3本のみの停車となっており、下りの最終列車は午前9時台、上りの始発列車は午後2時台と、極端に偏った設定となっていた。これは、付近集落の子供達が通っていた小学校(粟屋小学校北分校)が過疎化によって閉校となり、歩いて通えなくなったことに伴い当駅が設置されたためで、三次方面への通学を考慮したダイヤ設定であることによる。駅を利用する児童が皆無となったのちも、開業当時からほぼ変わらないダイヤで推移した。

なお、2012年(平成24年)10月1日から同年12月31日まで実施されたJR三江線増便社会実験で運行されたバス便は、当駅に全便停車した。それでも下りの最終便は午後1時台であり、停車する列車の本数は変更されなかった。

歴史[編集]

  • 1969年昭和44年)4月25日 - 三江南線(当時)の粟屋駅 - 船佐駅間に、長谷仮乗降場として新設
  • 1975年(昭和50年)8月31日 - 当駅を含む江津駅 - 三次駅間が全通したため三江南線が三江線の一部となり、当駅もその所属となる。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、仮乗降場から格上げされ長谷駅として開業し、西日本旅客鉄道が継承。
  • 2018年平成30年)4月1日 - 三江線の全線廃止に伴い、廃駅となる。

駅構造[編集]

構内(2008年7月9日)

三次方面に向かって左側に、単式1面1線のホームを持つ地上駅停留所)であった。駅は川に向かう斜面上にあり、道路からやや高いところにあった。 ホームの少し下の方に小さな木造の駅舎があったが、これは当駅が仮乗降場として新設された当時の教育委員会が建設・設置したものである。浜田鉄道部管理の無人駅であり、自動券売機等は設置されなかった。

駅周辺[編集]

周辺には小さな集落がある。

利用状況[編集]

1日平均の乗車人員は以下の通り。

年度 1日平均
乗車人員
出典
2002年(平成14年) 0 [1]
2003年(平成15年)
2004年(平成16年)
2005年(平成17年)
2006年(平成18年)
2007年(平成19年)
2008年(平成20年)
2009年(平成21年)
2010年(平成22年)
2011年(平成23年) 0 [2]
2012年(平成24年) 0 [2]
2013年(平成25年) 0 [2]
2014年(平成26年) 0 [2]
2015年(平成27年) 0 [2][3]

その他[編集]

  • 三江線活性化協議会により、石見神楽の演目名にちなんだ「鍾馗」の愛称が付けられていた[4]

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道
F 三江線(一部の列車は停車しない)
船佐駅 - 長谷駅 - 粟屋駅

脚注[編集]

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  1. ^ 「飲食・小売の出店を科学する出店戦略情報局」のアーカイブデータ
  2. ^ a b c d e 国土数値情報 駅別乗降客数データ
  3. ^ 三江線沿線地域公共交通網形成計画(案) (PDF)”. 三江線沿線地域公共交通活性化協議会 (2017年8月). 2017年8月22日閲覧。
  4. ^ 三江線神楽愛称駅名・大型愛称駅名板・神楽演目解説 (PDF) - 三江線活性化協議会。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]