長谷川豊

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はせがわ ゆたか
長谷川 豊
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 奈良県奈良市
生年月日 1975年8月12日(39歳)
血液型 B型
最終学歴 立命館大学産業社会学部
職歴 フジテレビアナウンサー
活動期間 1999年 - 2012年6月(フジテレビアナウンサーとして)
2013年4月 - 現在(フリーアナウンサーとして)
ジャンル 情報・バラエティ・報道・スポーツ中継
出演番組・活動
現在 バラいろダンディ」など
過去 情報プレゼンター とくダネ!
ニッポン・ダンディ
私生活むきだしバラエティ「キリウリ$アイドル」」など
備考
2010年9月16日 - 2012年6月までニューヨーク支局勤務

長谷川 豊(はせがわ ゆたか、1975年8月12日[1] - )は、日本フリーアナウンサー。元フジテレビジョンアナウンサー奈良県出身。

経歴[編集]

洛星中学校卒業。1992年、日生学園第一高等学校(現在は、桜丘高等学校)に進学し、1995年4月に立命館大学産業社会学部に進学。立命館大学放送局 (RBC) に所属した[要出典]1999年4月、フジテレビ入社。入社2年目から「情報プレゼンター とくダネ!」担当。入社4年目からは笠井信輔アナが休みのときには司会の代行も担当。2010年9月15日、「情報プレゼンター とくダネ!」を卒業。

2010年9月16日付けで佐野瑞樹の後任としてニューヨーク支局に赴任。「めざましテレビ」や「情報プレゼンター とくダネ!」内でニューヨーク中継を担当。2012年6月12日、フジテレビより「ニューヨーク滞在関連費用の不正使用があった」として降格処分を受け、アナウンサーを解任される[2]

同年7月、編成制作局編成情報センター著作権契約部に配属[要出典]2013年4月1日、フジテレビを退社。同年5月25日、映画『生贄のジレンマ』のプロモーション映像が公開され、その中でアナウンサー役として出演。

フリー転向[編集]

2013年6月7日、公式ホームページを立ち上げ、フリーアナウンサーとして活動開始を宣言。同日にアメーバブログも開設。同年7月14日 『生贄のジレンマ』の公開記念舞台あいさつに司会者として出席。これがネットでの活動を除くと1年ぶりに公式の場への復帰となった。同年8月28日放送のTOKYO MXニッポン・ダンディ」にてテレビに復帰した(夏休みの司会代行として)。 10月からは同番組の毎月第1水曜日のレギュラー司会を担当。

2013年11月からは「有吉ジャポン」(TBS)をはじめ、東京キー局の番組にも再び登場している。地元・関西地方のテレビ大阪が制作する「たかじんNOマネー」では、同年11月2日の放送で「第3代毒舌王」に就任した。2014年4月1日より、TOKYO MXにて「ニッポン・ダンディ」をリニューアルした「バラいろダンディ」がスタート。同番組のメインキャスターに就任した。同年4月2日より、ライブドアブログ「本気論 本音論」を開始[3]

2014年11月28日にテレビ大阪の夕方の報道特番「大阪の大問題」で、自身初となるニュースキャスターを務めた[4]

人物・エピソード[編集]

高校時代は柔道部に所属[要出典]。初段。高校3年時、NHK杯全国高校放送コンテストの朗読コンテストで県代表[要出典]全国高等学校総合文化祭の弁論部門で優秀賞(全国3位)[要出典]国民文化祭の朗読部門で優秀賞(全国優勝)を獲得している[要出典]

フジテレビ同期入社のアナウンサーは内田恭子大橋マキ。入社1年目に結婚し、3児の父親でもある[要出典]。2006年の同局の父の日特番「解決!満点パパ」で家族と過ごす長谷川の特集が組まれた。

  • 2009年7月の26時間テレビで行われた「12時間耐久三輪車レース」でアナウンサーチームのリーダーを務めた。
  • 2009年9月のフジテレビONEの番組「フジアナスタジオ まる生」で女性アナやキャスターについて過激な発言をし騒動になった。フリー転向後、あくまでその発言は演出であり、放送後、同僚に対し謝罪したことを語っている[5]
  • 2012年11月、ビジネス著作権検定初級に合格[6]

フジテレビによる処分への抗議と反論[編集]

退社翌日の4月2日より、期間限定ブログ「長谷川豊の American Journey 最終章 〜僕に起きたことのすべて〜」を開始[7]。その中で不動産契約に絡む金銭トラブルに巻き込まれた経緯などを記し、上記したフジテレビ側の発表に対し反論。実際には返金に合意していた金銭であるとし、借用にあたる経緯を記した当時の長谷川の個人メールの一部分を公開し説明した。

しかし、長谷川を裁いたフジテレビ社内の懲罰委員会では、そのメールは証拠として取り上げられず、懲罰委員会は人事局のメンバーほか数名のみで開催され、長谷川本人には、参加・説明する機会が与えられなかった。また、発覚から懲罰委員会を経て処分に至る経緯はフジテレビの労働組合に対して一切の通知がなかった。

さらに、開設したブログのコメント欄などにフジテレビ社内とみられるIPアドレスからの執拗な荒らし行為があったことなどを公表した。また、上記した「横領疑惑」の記事は特定のフジテレビ現役社員が写真週刊誌にリークし書かせていたことなどを突き止め、その過程を公開した。

これらの説明は自身の著書や夕刊紙の連載などで繰り返し説明をしている。最初にその詳しい内容を書き綴った個人ブログは19日間で2400万PVを記録しており、2013年4月時点で非芸能人の個人として日本記録を達成したとしている[8][9]。これらの行動を、長谷川は「説明責任を果たすため、子どもの未来のために公表した」と説明している。

なお、一部週刊誌やネットで「フジテレビとの確執」を報じられているが、そのような事実は一切なく、長谷川本人は「この騒動はあくまで一部の人間の暴走」と何度もブログなどで説明し、「古巣には感謝の思いしかない」とフジテレビに受けた恩を感謝している。

フリー転向後の出演番組[編集]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

インターネットテレビ[編集]

  • クイズダービーインパクト(2013年11月23日 ニコニコ生放送
  • 先輩に敬意を表しつつこれからのAKBは私たちが作らなければならないと声高らかに叫びたい(2015年4月7日 - 6月30日、アメスタ) (MC)

フジテレビアナウンサー時代の担当番組[編集]

以下、ナレーション担当

競馬GI実況歴[編集]

著書[編集]

  • 『いつも一言多いあのアナウンサーのちょっとめったに聞けない話』 小学館 2013年8月
  • 『魔法のようによく分かる「伝わるプレゼン」の教科書』 サイゾー出版 2014年4月
  • 『見たいテレビが今日もない~メディアの王様崩壊の現場~』 双葉社 2014年5月
  • 『テレビの裏側が面白いほどよくわかる「メディアリテラシー」の教科書』 サイゾー出版 2014年5月
  • 『ワンピースに学ぶ反日問題』 ヴィレッジ出版 2014年5月

脚注[編集]

  1. ^ 本人の公式サイト・プロフィール
  2. ^ “フジテレビ、長谷川アナを処分 NY滞在関連費用を不正使用”. 共同通信社. 47NEWS. (2012年6月12日). http://www.47news.jp/CN/201206/CN2012061201002507.html 2012年6月13日閲覧。 
  3. ^ 「本気論 本音論」
  4. ^ 長谷川豊 フジ退社後初のニュースキャスター!“毒舌”が決め手(『スポーツニッポン』2014年11月3日付記事)
  5. ^ フジ加藤アナ「パン子」の真相(東京スポーツ)2013年7月20日付
  6. ^ 期間限定ブログ 長谷川豊の American Journey 最終章 〜僕に起きたことのすべて〜
  7. ^ 長谷川豊の American Journey 最終章 〜僕に起きたことのすべて〜
  8. ^ 解説 2|長谷川豊オフィシャルブログ「長谷川アナの夢の日を越えていこう!」 - アメーバブログ
  9. ^ ただし、個人に限定しないと2011年4月に「痛いニュース(ノ∀`)」が月間1億PVと報道されている[1]。芸能人も含めると2011年5月にAKB48の指原莉乃が24時間で9100万PVと報道されている[2]
  10. ^ 元フジ長谷川アナMXでメーンキャスター(『日刊スポーツ』2014年3月13日付記事)
  11. ^ これは本来オリジナルバージョンの司会者、須田鷹雄が夏競馬開催期間は北海道文化放送(UHB)製作『ドラマチック競馬』で司会をしていたため。

外部リンク[編集]

注釈
  1. ^ 開設当初のタイトルは「あのいつも一言多い長谷川アナの「無料ならこれくらい話せるお話」」で同年10月7日に改題
    ギアチェンジ|長谷川豊オフィシャルブログ「長谷川アナの夢の日を越えていこう!」
  2. ^ フリー転身後に開設したブログ