長谷川きよし
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| 長谷川 きよし | |
|---|---|
| 出生名 | 長谷川 清志 |
| 生誕 | 1949年7月13日(69歳) |
| 出身地 |
|
| 学歴 | 東京教育大学附属盲学校(現・筑波大学附属視覚特別支援学校)卒業 |
| ジャンル |
シャンソン フォークソング ボサノバ |
| 職業 |
シンガーソングライター ギタリスト |
| 活動期間 | 1969年 - 現在 |
| レーベル |
PHILIPS VERTIGO/PHILIPS POLYDOR FLASH/KING EASTWORLD/東芝EMI MERCURY RECORDS TEICHIKU RECORDS COLUMBIA RECORDS |
| 共同作業者 | 加藤登紀子 |
| 公式サイト | 長谷川きよし Official Site |
長谷川 きよし(はせがわ きよし、1949年7月13日 - )は、日本のシンガーソングライター、ギタリスト。本名は長谷川 清志。東京都出身。
経歴[編集]
東京教育大学附属盲学校(現・筑波大学附属視覚特別支援学校)卒業。
緑内障のため2歳半で失明し、全盲となる。高校三年生のときシャンソン・コンクールに4位入賞。1969年、「別れのサンバ」でデビュー。発売直後はあまり反響のなかった曲ではあったが、深夜放送で流れるようになると、フォーク世代の若者から支持され、大ヒットとなった。デビュー当時からサンバやボサノヴァといったブラジル音楽を取り入れた作風を得意としている事も特徴である
超絶的なギター演奏と、透明度の高い声によるバラードで人気を博す。盲目である事やギタリストである事などの共通点から日本のホセ・フェリシアーノと評されていた。参議院議員選挙では、無党派市民連合公認で、比例区から立候補するが落選している。最初の妻は津島玲の名で作詞を手がけていた。
ディスコグラフィー[編集]
シングル[編集]
- 別れのサンバ/歩きつづけて(フィリップス、FS-1087、1969年9月)
- 透明なひとときを/夕陽の中で(フィリップス、FS-1110、1970年4月)
- 帰っておいで/もうあきてしまった(フィリップス、1970年12月)
- 別離/ジャニー・ギター(フィリップス、1971年5月)
- 卒業/夜は更けても(フィリップス、1971年5月)
- 黒の舟唄/心中日本(ヴァーティゴレコード/日本フォノグラム、FX-1、1972年2月)- 野坂昭如のカバー
- 灰色の瞳/黒の舟唄(ポリドール、DR-1844、1974年4月)- 加藤登紀子とのデュエットシングル
- 白い小部屋/さよなら(ポリドール、1975年8月)
- さよなら/白い小部屋(ポリドール、PS-1838、1975年9月)
- 別れのサンバ/黒の舟唄(フィリップス、1975年11月)- 加藤登紀子とのデュエットシングル、再発シリーズ
- 別れのサンバ/透明なひととき(フィリップス、FX-2022、VSEP-810、1976年6月)- 再発シリーズ
- 黒の舟唄/心ノ中ノ日本(フィリップス、FX-2023、1976年6月)- 再発シリーズ
- 卒業/さよなら(フィリップス、FX-2024、1976年6月)- 再発シリーズ
- 今あなたは/愛は夜空へ(ポリドール、DR6050、1976年11月)
- 夕凧のマルシャ/もうひとつのドア(ポリドール、DR、1977年)
- 夜の静けさの中で/港町(ポリドール、1978年7月)- 加藤登紀子とのデュエットシングル
- 後ろ姿/私のWeek End(キング、1978年12月)
- 音は立てて愛が/僕の足は旅路の道(フラッシュ、1979年4月)
- 黒の舟唄/別れのサンバ(フィリップス、1979年8月)- 再発シリーズ
- 灰色の瞳/卒業(フィリップス、1979年9月)- 加藤登紀子とのデュエットシングル、再発シリーズ
- 美しい日々/ネオン輝く日々(イースト・ワールド、1983年10月)
- 美しい日々/波止場(WTP-17531)
- TOKYOワルツ/真夜中のエレベーター(イースト・ワールド、WTP-17643、1984年9月)
アルバム[編集]
- 一人ぼっちの詩(フィリップス、FS-8050、1969年8月25日)
- 透明なひとときを(1970年6月25日)
- 長谷川きよしイン・コンサート(1970年12月25日)ライブアルバム
- 卒業(1971年8月25日)
- いにしえ坂(1972年5月25日)
- 長谷川きよしオン・ステージ(1973年3月25日)ライブアルバム
- あるばむ7(1974年4月25日)
- 街角(1975年7月25日)
- After Glow(1976年11月1日)
- Sunday Samba Session(キングレコード、SKS-1034、1977年4月21日)ライブアルバム
- LIVE(1978年6月1日)ライブアルバム
- Another Door(1978年11月2日)
- 遠く離れたおまえに(1979年6月21日)
- 風織るまちを過ぎて(1980年12月1日)
- ネオン輝く日々(1983年10月1日)
- This Time(イースト・ワールド・東芝EMI、WTP-90341、1985年7月20日)
- Acontece(マーキュリー・ミュージックエンタテインメント、1993年5月26日)
- Complete Singles(1999年12月16日)ベストアルバム
- ふるいみらい(AC-7770(ACONTECE)、2002年9月3日)- 自主制作盤
- My Favorite Songs(2002年10月23日)
- 愛の賛歌~シャンソン&カンツォーネ~(2005年3月24日)
- 40年。まだこれがベストではない。長谷川きよし ライヴ・レコーディング。(2008年10月1日)
- 人生という名の旅 (EMI Records Japan、2012年10月14日)
- 恋愛専科(2016年1月27日)
- 中山千夏・長谷川きよし ジョイント・ライブ・コンサート 7月13日に生まれて(2016年7月13日)ライブアルバム
参加作品[編集]
- 椎名林檎 - DVD「第一回林檎班大会の模様」(2007年2月21日)
関連人物[編集]
- 荒木一郎
- 乾裕樹
- 松任谷由実
- モト冬樹 - アマチュアの頃、憧れていたギタリストが長谷川きよし。
- 吉田建 - 長谷川の誘いでプロ・ミュージシャンへの道に進んだ[1]
- 椎名林檎・東京事変 - 度々共演。
- カリオカ(旧・長谷川きよしバンドのメンバーらによって結成されたフュージョンバンド)
関連項目[編集]
脚注[編集]
- ^ 吉田建. “第68回 吉田 建 氏 4.レコード会社への就職を押しとどめたプロ・ミュージシャンへの思い。”. musicman-net.com. 2012年9月14日閲覧。