長良町
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長良町 | |
|---|---|
|
東海旅客鉄道名古屋工場 | |
| 北緯35度9分3.06秒 東経136度52分5.02秒 / 北緯35.1508500度 東経136.8680611度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 区 | 中川区 |
| 人口 | |
| • 合計 | 2,100人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
454-0815[WEB 2] |
| 市外局番 | 052 (名古屋MA)[WEB 3] |
| ナンバープレート | 名古屋 |
長良町(ながらちょう)は、愛知県名古屋市中川区にある町名。現行行政地名は長良町1丁目から長良町5丁目と3つの小字。住居表示未実施[WEB 4]。
地理
[編集]名古屋市中川区の北東部に位置し、東に乗越町と五月南通と中京南通、西に松葉町、南に南脇町、北に中村区角割町と接する。
字一覧
[編集]長良町の小字は以下の通り[WEB 5]。消滅した字については背景色 で示す。
| 字 | 字 |
|---|---|
| 赤馬(あかうま) | 猪領(いりょう) |
| 大東出(おおひがしで) | 奥田(おくだ) |
| 角割(かくわり)[注釈 1] | 川原(かわはら) |
| 北新田(きたしんでん) |
北脇(きたわき)[注釈 2] |
| 狐塚(きつねづか)[注釈 3] | 香典(こうでん) |
| 三反畑(さんだんばた) | 四女子裏(しにょうしうら) |
| 瀬古(せこ)[注釈 4] | 竹立(たけだち)[注釈 5] |
| 乗越(のりこし) | 白山(はくさん)[注釈 6] |
| 東脇(ひがしわき)[注釈 7] | 冨毛(ふけ) |
| 南新田(みなみしんでん) | 南脇(みなみわき)[注釈 8] |
| 見代佐(みよさ)[注釈 9] |
歴史
[編集]町名の由来
[編集]江戸期の愛知郡長良村を前身とする。『尾張国地名考』では「長浦」を約したものとする[1]。『中川区史』では中間を意味する「ナカラ(半)」の意であるとする[1]。
地名は鎌倉期から確認でき、『熱田宮領新別納郷等注文案』に「永良郷 百二十三丁二反百八十歩」とあり、熱田神宮領があったらしい。1364年(貞治3年)付『理趣釈口決抄』には「尾州愛知郡乍郷高須賀大乗坊」とあるので、古くは「乍」(ながら)とも書き、高須賀町を包含していたらしい[2]。
行政区画の変遷
[編集]- 1889年(明治22年)10月1日 - 愛知郡長良村が合併により、同郡松葉村大字長良となる[3]。
- 1906年(明治39年)4月10日 - 愛知郡常磐村大字長良となる[3]。
- 1921年(大正10年)8月22日 - 名古屋市編入により、中区長良町となる[3]。
- 1937年(昭和12年)10月1日 - 中川区に編入され、同区長良町となる[3]。
- 1938年(昭和13年)9月1日 - 一部が中村区長良町として分離する[3]。
- 1941年(昭和16年)1月1日 - 中村区長良町が同区黄金通に編入され消滅[4]。
- 1942年(昭和17年)4月1日 - 中川区長良町に中村区角割町の一部を編入する[3]。
世帯数と人口
[編集]2019年(平成31年)2月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[WEB 1]。
| 町丁 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 長良町 | 967世帯 | 2,100人 |
人口の変遷
[編集]国勢調査による人口の推移
| 1995年(平成7年) | 2,184人 | [WEB 6] | |
| 2000年(平成12年) | 2,135人 | [WEB 7] | |
| 2005年(平成17年) | 2,008人 | [WEB 8] | |
| 2010年(平成22年) | 1,920人 | [WEB 9] | |
| 2015年(平成27年) | 1,908人 | [WEB 10] |
学区
[編集]市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 11]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 12]。
| 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|
| 全域 | 名古屋市立常磐小学校 | 名古屋市立長良中学校 | 尾張学区 |
施設
[編集]- 東海旅客鉄道名古屋工場
- 日清製粉 名古屋工場
- 1936年(昭和11年)8月操業開始[5]。
- 名古屋長良郵便局
- 常磐交番
出身・ゆかりのある人物
[編集]その他
[編集]日本郵便
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ デジタル庁『アドレス・ベース・レジストリ』では、読みを「つのわり」としている。
- ↑ 1882年の『明治十五年愛知県郡町村字名調』では、読みを「きたわけ」としている。
- ↑ 1882年の『明治十五年愛知県郡町村字名調』では、読みを「きつねつか」としている。
- ↑ 1923年の『愛知郡誌』では「瀬子」としている。
- ↑ デジタル庁『アドレス・ベース・レジストリ』では、読みを「たけたて」としている。
- ↑ 1882年の『明治十五年愛知県郡町村字名調』では、「白山前(はくさんまえ)」としている。
- ↑ 1882年の『明治十五年愛知県郡町村字名調』では、読みを「ひかしわけ」としている。
- ↑ 1882年の『明治十五年愛知県郡町村字名調』では、読みを「みなみわけ」としている。
- ↑ デジタル庁『アドレス・ベース・レジストリ』では、読みを「けんだいさ」としている。
出典
[編集]WEB
[編集]- 1 2 “町・丁目(大字)別、年齢(10歳階級)別公簿人口(全市・区別)”. 名古屋市 (2019年2月20日). 2019年2月20日閲覧。
- 1 2 “郵便番号”. 日本郵便. 2019年2月10日閲覧。
- ↑ “市外局番の一覧”. 総務省. 2019年1月6日閲覧。
- ↑ “中川区の町名一覧”. 名古屋市 (2015年10月21日). 2019年2月13日閲覧。
- ↑ “名古屋市道路認定図”. 名古屋市. 2025年11月15日閲覧。「名古屋市中川区長良町」のページを参考とした。
- ↑ 総務省統計局 (2014年3月28日). “平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2019年4月27日閲覧。
- ↑ 総務省統計局 (2014年5月30日). “平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2019年4月27日閲覧。
- ↑ 総務省統計局 (2014年6月27日). “平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2019年4月27日閲覧。
- ↑ 総務省統計局 (2012年1月20日). “平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2019年4月27日閲覧。
- ↑ 総務省統計局 (2017年1月27日). “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2019年4月27日閲覧。
- ↑ “市立小・中学校の通学区域一覧”. 名古屋市 (2018年11月10日). 2019年1月14日閲覧。
- ↑ “平成29年度以降の愛知県公立高等学校(全日制課程)入学者選抜における通学区域並びに群及びグループ分け案について”. 愛知県教育委員会 (2015年2月16日). 2019年1月14日閲覧。
- ↑ 郵便番号簿 平成29年度版 - 日本郵便. 2019年02月10日閲覧 (PDF)
書籍
[編集]- 1 2 名古屋市計画局 1992, p. 482.
- ↑ 横地清 1983, p. 121.
- 1 2 3 4 5 6 7 名古屋市計画局 1992, p. 821.
- ↑ 名古屋市計画局 1992, p. 776.
- ↑ 名古屋南部史刊行会 1952, p. 595.
- ↑ 中川区制施行50周年記念誌編集委員会 1987, p. 396.
- ↑ 『人事興信録 第9版』ア132頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年10月31日閲覧。
- ↑ 『人事興信録 第10版 上』ア175頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年10月31日閲覧。
参考文献
[編集]- 人事興信所編『人事興信録 第9版』人事興信所、1931年。
- 人事興信所編『人事興信録 第10版 上』人事興信所、1934年。
- 名古屋南部史刊行会 編『名古屋南部史』名古屋南部史刊行会、1952年1月1日。
- 中川区制施行50周年記念誌編集委員会 編『中川区史』中川区制施行50周年記念事業実行委員会、1987年。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]
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