長嶺俊之助

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長嶺 俊之助(ながみね しゅんのすけ、1875年明治8年)1月12日 - 1945年(昭和20年)11月29日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将

経歴[編集]

秋田県出身。秋田尋常中学校を経て、1894年(明治27年)12月、士官候補生(8期)として陸軍に入る(原隊は歩兵第5連隊)。1896年(明治29年)11月、陸軍士官学校を卒業し、翌年6月に陸軍歩兵少尉任官。

日露戦争では歩兵第5連隊中隊長、後備歩兵第5連隊副官として黒溝台会戦に参加した。盛岡連隊区司令官などを経て、1924年大正13年)2月、歩兵第31連隊長に就任。1927年昭和2年)7月、陸軍少将昇進と同時に待命となり、同年12月、予備役に編入された。

猛将タイプではなく、温厚篤実で口数も少ない人物であったという。

参考文献[編集]

  • 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年、526頁。ISBN 978-4-8295-0273-0
  • 秋高百年史編纂委員会『秋高百年史』秋田県立秋田高等学校同窓会、1973年、70-71頁。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。