長尾浩志

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長尾 浩志
プロフィール
リングネーム 長尾 浩志
長尾 銀牙
ジャイアント・バボ
アエギュプトゥス・エアリアル・ラージ
本名 長尾 浩志
身長 196cm
体重 113kg
誕生日 (1979-12-26) 1979年12月26日(39歳)
出身地 大阪府大阪市
所属 infection.G.C
スポーツ歴 バレーボール
トレーナー 山本小鉄
木戸修
デビュー 2003年2月2日
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長尾 浩志(ながお ひろし、1979年12月26日 - )は、日本プロレスラー。元バレーボール選手。大阪府大阪市出身。

経歴[編集]

大阪市立泉尾工業高等学校出身。高校時代にバレーボールを始め、卒業後Vリーグ堺ブレイザーズに入団。

2002年4月にプロレスラー転向を果たし、新日本プロレスに入団する。10か月間のトレーニング期間を経て、2003年2月2日に対安田忠夫村上和成戦でプロレスデビュー。デビュー戦のパートナーは高山善廣が務めるなど、厚遇でのデビューであった。しかしデビュー戦直前に抱えたヒザの負傷が試合で悪化し以降長期欠場することになる。ちなみにこれは、トップロープを飛び越えた際に着地を失敗するというなんとも情けない事態であった。2003年7月には再デビュー戦が予定されたが、骨折負傷によりこれも延期となり、2004年2月11日の地元大阪興行にて再デビューを飾った。

2006年1月19日に新日本プロレスを退団[1]。同年2月5日、ハッスルオーディションの2次選考通過者の一人として登場。今後ハッスルへ登場したい希望を語った。なお、山本尚史は新日は絶対に落ち目から脱却するからと退団を慰留し、長州力が口には出さないが長尾のことを気に入っていると励ました[2]。2月10日、後楽園ホールで開催のハッスル・ハウス11にバレーボール選手時代のユニフォームで登場し、オーディションの一環としてTAJIRIとスパーリングを実施した。オーディションの結果高田モンスター軍に所属することとなった。リングネームはジャイアント・バボ。バレーボール用のユニフォームをモチーフにしたリングコスチュームを着用。

しかし、徐々に精彩を欠く試合を続けるようになり、2008年2月24日、\(^o^)/チエに敗れ坊主になった。その後も池谷銀牙にフォールを取られるなどの失態を犯し、池谷へのリベンジ失敗を最後にモンスター軍を追放された。

2008年5月24日にハッスルエイドにて池谷が率いる銀牙軍団のマスクマン「長尾銀牙」として復帰。試合には勝利するも、その試合で銀牙軍団は一時解散。後にハッスル軍入団査定試合にて評価され、ハッスル軍に加入した。その後しばらくしてリングネームを本名に戻す(ジャイアント・バボとしてハッスル参戦中の2007年3月の全日本プロレスにも、本名の長尾浩志としてTAJIRIと共に出場している)。2008年7月から放送のドラマ『ここはグリーン・ウッド 〜青春男子寮日誌〜』に出演、ドラマデビューを果たした。

2008年10月26日のハッスル・ツアー2008 〜10.26 in TOCHIGI〜 の対ゼウス戦を最後の試合とし、プロレスを引退。

2010年10月24日、総合格闘技デビュー戦となったDEEP 50 IMPACT野地竜太と対戦し、顔面にヒザ蹴りをもらい、1R1分33秒TKO負けを喫した。

得意技[編集]

長身を生かした技が得意である。

ギンガサルトプレス
いわゆるムーンサルトプレス
バボム
肩車した状態から、勢い良く後ろに捻って落とす変形バックドロップ
世界のバボ
左右の相手に逆片エビ固めをした状態で真ん中の相手にキャメルクラッチを仕掛ける。
チョークスラム
ドロップキック

戦績[編集]

総合格闘技 戦績
1 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
0 0 0 0 0 0 0
1 1 0 0 0
勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
× 野地竜太 1R 1:33 TKO(膝蹴り) DEEP 50 IMPACT 〜10年目の奇跡〜 2010年10月24日

脚注[編集]

  1. ^ 契約更改に関するお知らせ 新日本プロレス公式サイト 2006年1月31日
  2. ^ 東邦出版『KAMINOGE』vol.85 pp.153

外部リンク[編集]