鍵田忠三郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

鍵田 忠三郎(かぎた ちゅうざぶろう、1922年7月25日 - 1994年10月26日)は、日本政治家奈良市長自由民主党衆議院議員(1期)。地震雲の研究者。剣道家でもあり、奈良県剣道連盟会長、奈良県なぎなた連盟会長も務めた。奈良県奈良市生まれ。鍵田忠兵衛は次男。

略歴[編集]

奈良市長時代の実績[編集]

エピソード[編集]

  • 1960年(昭和35年)、第二次世界大戦の敗戦の日である8月15日に慰霊する為、奈良東山の高円山奈良大文字を創始する。高円山(462m)と京都大文字如意ヶ岳(470m)がほぼ同じ高さであるという事と、両方とも弘法大師と深い関わりのある地であり深い因縁で結ばれている。
  • 奈良市長在任中の1967年(昭和42年)、右翼に襲撃され打撲傷を負ったことがある。この事件について次男・忠兵衛は、2007年4月24日の衆議院総務委員会で、「うちのおやじが市長になって三カ月後に右翼団体の暴漢に襲われたことがありました。これも、事もあろうに市役所の中で木刀を持って階段の上から襲ってきた。」と振り返った。

著書[編集]

  • 『これが地震雲だ-雲はウソをつかない』、中日新聞本社、1980年
  • 『道を行じて-奈良市長14年の歩み-』、協同出版、1982年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]