鍛冶千鶴子

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鍛冶 千鶴子(かじ ちづこ、1923年(大正12年)7月31日 - 2018年4月8日)は、日本の弁護士評論家

経歴[編集]

熊本県阿蘇出身。1942年、当時としては女性に法律専門家としての教育を唯一行っていた明治大学専門部に入学。太平洋戦争の激化で一時帰郷した後、1947年に明治大法学部に入学。大学同級生だった鍛冶良堅(明治大教授)と1950年に結婚し、後に一児をもうけた[1]。卒業後、1951年に弁護士を開業。出征して帰らぬ夫との離婚手続きに悩んだり、新民法で向上した権利について知りたいと望んだりしていた女性向けの相談や講演に奔走。他にも家族の紛争事件などを担当し、女性の地位向上、法律相談で知られる。『読売新聞』「人生案内」欄の担当者を1972年から32年間務め、1500人以上の相談に回答した。 1986年日本婦人法律家協会会長。1990年国民生活センター会長。

早くより選択的夫婦別姓制度導入を求めた[2]

著書[編集]

  • 『女性のための法律相談』角川新書 1960
  • 『茶の間の法律』婦人画報社 1963
  • 『法律は生きている』毎日新聞社 1970
  • 『ミセスの法律メモ これだけは知っておきたい』文化出版局・レモン新書 1971
  • 『人生案内 法律家の視点から』評論社 1977
  • 『暮らしと法律』愛知県教育サービスセンター編 第一法規出版東海支社 1987 県民大学叢書
  • 『道を拓く 私の選んだ道・歩いた道』ドメス出版 2000

共著・編著[編集]

参考[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 【追悼抄】鍛冶千鶴子さん/女性弁護士の草分け/女性活躍の道開く『読売新聞』朝刊2018年5月6日
  2. ^ 第91回国会 - 衆議院 - 法務委員会 - 13号 昭和55年4月8日