銀丁百貨店

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銀丁百貨店(ぎんちょうひゃっかてん)は、熊本県熊本市にあった日本の百貨店である。

歴史・概要[編集]

1930年(昭和5年)10月11日に[1]京都の時計商だった鈴木弥三郎が熊本県熊本市の新市街の一角に鉄筋コンクリート3階建ての店舗を建設して銀丁百貨店として本格的な百貨店を開業したのが始まりである[2]

食堂などが人気を集めて「味の銀丁」と言われていたほか、子供遊園地や屋上庭園なども備えていた[2]

やや先行して開業していた1927年(昭和2年)1月に開店した「いずみや百貨店」[3]などのライバルを凌ぎ、1906年(明治39年)に開業した熊本県内初の本格的な百貨店であった「千徳百貨店[4]と共に第二次世界大戦前は熊本の2大百貨店として多くの買い物客を集めていた[5]

しかし、第二次世界大戦後は中央紡績社長だった池田重利が一時経営した後[2]、昭和20年代中頃に開業して非常な勢いで勢力を伸ばして[6]鶴屋百貨店と共に新たに2大百貨店と呼ばれるようになった戦後創業の大洋デパート[7]の傘下に入り[2]、戦前の最大のライバルだった千徳百貨店が1955年(昭和30年)7月に倒産した後も営業を続けたが、1973年(昭和48年)11月29日に日本では最大の百貨店火災事件となった大洋デパート火災が発生した影響で大洋デパートが1976年(昭和51年)10月に会社更生法の適用を申請して破綻した影響で解散に追い込まれ[2]、その歴史に終止符を打った。

なお、店頭で製造・販売する「銀丁饅頭」も人気を博していた[8]

脚注・出典[編集]

  1. ^ くまもと女性史研究会 『くまもとの女性史 第1巻』 熊本日日新聞情報文化センター、2000年3月。ISBN 978-4877550820
  2. ^ a b c d e 銀丁会事務局『銀丁物語』銀丁会、1995年10月。
  3. ^ 『写真集・熊本100年』熊本日日新聞社、1985年11月。
  4. ^ 桑野豊助『くまもと商売事始めと企業のルーツ』くまもと企業のルーツ刊行会、1979年8月。
  5. ^ 熊本日日新聞社熊本県大百科事典編集委員会『熊本県大百科事典』熊本日日新聞社、1982年。
  6. ^ “いまやシール販売時代:元祖の宇土で三周年:発案者表彰や抽選会”. 熊本日日新聞 (熊本日日新聞社). (1957年5月11日) 
  7. ^ 新熊本市史編纂員会『新熊本市史 通史編 第8巻 現代1』熊本市、1997年3月30日。
  8. ^ “手先が器用と言われたが?”. えんゆう 1999年9月号 (そのだ脳神経外科医院) (1999-9). 
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関連項目[編集]

  • 大洋デパート:第2次世界大戦後に親会社となったが大火災事故を起こして破綻
  • 千徳百貨店:第二次世界大戦前の最大のライバル
  • 鶴屋百貨店:第二次世界大戦後にその地位を奪った現在の熊本最大の百貨店