鈴木重次 (政治家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

鈴木 重次(すずき しげじ、1887年5月10日[1] - 1951年11月5日[2])は、日本の政治家衆議院議員(1期)。

経歴[編集]

長崎県出身[2]1905年長崎県立平戸中学校猶興館(現・長崎県立猶興館高等学校)卒[2][3]。小学校訓導兼校長、江迎村長、長崎県議、同議長、大政翼賛会長崎県支部顧問[4]、同中央協力会議員となる[2]

1942年第21回衆議院議員総選挙では長崎2区(当時)から大政翼賛会の推薦を受けて当選する[5]。戦後は日本進歩党に入ったが[6]、大政翼賛会の推薦議員のため公職追放となった[7]1951年追放解除[8]。追放解除後の1951年死去。

脚注[編集]

  1. ^ 衆議院『第八十四回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1944年、8頁。
  2. ^ a b c d 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』332頁。
  3. ^ 『翼賛議員名鑑』213頁では「長崎師範学校卒業」。
  4. ^ 『翼賛議員名鑑』213頁。
  5. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』132頁。
  6. ^ 『議会制度百年史 院内会派編衆議院の部』507頁。
  7. ^ 『朝日新聞』1946年2月10日1面。
  8. ^ 『朝日新聞』1951年6月19日朝刊1面。

参考文献[編集]

  • 『翼賛議員銘鑑』議会新聞社、1943年。
  • 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 院内会派編衆議院の部』大蔵省印刷局、1990年。