鈴木醇

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鈴木 醇(すずき じゅん、1896年10月1日 - 1970年3月12日)は、日本の地球科学者。専門は鉱床学岩石学栃木県宇都宮市生まれ。

経歴[編集]

1918年第二高等学校を経て東京帝国大学理学部地質学科へ入学。1921年卒業後助手となり、加藤武夫教授の下で鉱床学の研究を始める。1924年第一高等学校教授となり、1928 - 30年、スイスのチューリヒ大学に留学する。帰国後、北海道帝国大学理学部創設に当たり教授として赴任、地質学・鉱物学教室第1講座担任を1960年の停年退職まで勤める。1930年 東京大学 理学博士 「Petrological study of the crystalline schist system of Shikoku, Japan(四國に於ける結晶片岩系の岩石學的研究)」。1970年、死去。

業績[編集]

別子型銅鉱床の成因究明を志したが、母岩である結晶片岩の岩石学的研究が重要であることを痛感し、三波川帯を初めとする日本の結晶片岩類の研究に取り組み、多くの論文を発表。北海道では、神居古潭帯の蛇紋岩に付随する鉱床を研究し、「本邦超塩基性岩類に付随する諸鉱床の生成型式」により、1949年学士院賞を受賞。1957年日本学士院会員となる。

1982年に群馬県の茂倉沢マンガン鉱床から発見された新鉱物、鈴木石(Suzukiite, BaVSi2O7)は、彼の業績を顕彰して命名されたものである[1]

参考文献[編集]

  • 矢島澄策「鈴木醇先生を悼む」、『鉱山地質』、20巻、1970年、210頁。

脚注[編集]

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  1. ^ Matsubara, S., Kato, A. and Yui, S. “Suzukiite, Ba2V2[O2|Si4O12], a new mineral from the Mogurazawa mine, Gumma Prefecture, Japan”, Mineralogical Journal, 11巻、1982年、15~20頁。

外部リンク[編集]