鈴木藏

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鈴木 藏(すずき おさむ、1934年12月1日 -(昭和9年12月1日 - )は岐阜県土岐市出身の日本の陶芸家重要無形文化財保持者

経歴[編集]

岐阜県土岐市駄知町出身。この地方は美濃焼の産地であり、父・鈴木通雄は釉薬の研究者で岐阜県の陶磁器試験場の技師であったため釉薬の知識や志野のテスト試料(テストピース)など非常に恵まれた窯業環境にて育った。父の道雄は釉薬の研究者で卓越した製陶技術の持ち主で、蔵は多治見工業高校を卒業後、道雄が技術部長を任されていた丸幸陶苑(加藤幸兵衛窯の高級割烹陶器及び生活陶器製造会社)の陶芸部試験室へと入社。道雄の窯業開発研究室の助手として働き、そこで本格的な陶土や釉薬、専門知識などについて学び、陶芸の基礎的な知識を本格的に身につけた。五代目加藤幸兵衛(加藤卓男の父)からも作陶の教えも受ける。他、荒川豊蔵加藤土師萌などに私淑師事。桃山時代から継承されてきた陶芸技法であるご当地岐阜県は東美濃(東濃地方)の発祥の志野の研究に励み、その技法を最初期は実験的オブジェ的な作品なども交えながら体得。

1953年(昭和28年)、岐阜県立多治見工業高等学校窯業科を卒業後、丸幸陶苑試験室(幸兵衛窯関連会社の一般生活陶器いわゆる数物の陶器製造会社)に入社。父親の助手と手伝いをする傍ら制作を続け、1959年(昭和34年)に初出品した現代日本陶芸展、日本伝統工芸展で入選。1968年(昭和43年)に独立。その後の受賞も数多く、1982年(昭和57年)には日本陶磁協会金賞、1987年(昭和62年)には芸術選奨文部大臣賞を獲得。

若い頃昭和40年代から岐阜県は東濃発祥の志野への技法を独自に追求し、桃山時代に昇華発祥した古来の半地下式穴窯の温度曲線を独自に考察参考研究した昭和40年代初期の当時のハイテク窯である現代工業窯のガス窯(完全地上型のガス点火式の角窯)に彼独自の方法論と考え方を置き換えて鈴木式現代ガス窯焼成の彼独自の焼成方法を研究考案するなど、各種文献読書家であったため常にその本に赤線を引くなど、真摯で非常にまじめな教授的な研究者的姿勢や人柄も評価され、平成時代の平成に蘇る現代志野として1994年(平成6年)6月27日に重要無形文化財「志野」保持者に認定された。2006年現在も志野独特の白色の釉薬の原料である長石に対しても研究を重ねており、美濃伝統陶芸への制作意欲を見せている。

参考文献[編集]

「巻頭特集 人間国宝 鈴木蔵の志野焼」『炎芸術』45号 阿部出版 1966年1月31日、7-42頁

外部リンク[編集]