鈴木與平 (6代目)

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鈴木 與平(すずき よへい、1883年2月5日 - 1940年5月2日)は、明治から昭和にかけての日本実業家政治家鈴与創業者。清水市会議長、静岡県会議長、貴族院多額納税者議員等を歴任した。旧名山崎通太郎。静岡県静岡市名誉市民[1]

人物・経歴[編集]

静岡県有度郡上清水村(現静岡市清水区清水)で生まれ、東京高等商業学校(現一橋大学)在学中に鈴木家の婿養子となる。1906年に同校専攻部を卒業。1917年に家督相続し第6代鈴木與平の名を継ぐ。1919年から静岡県会議員となり、清水港の修築や日本軽金属等の誘致を実現。日本郵船や富士製茶での勤務を経て、家業の港湾運送業・鈴木與平商店を拡大し、多角経営化に成功。1936年に株式会社鈴与商店(現鈴与)を設立したほか、清水商工会議所、清水木材倉庫、駿遠塩業、清水運送、鈴与機械製作所、清水精機等を設立。清水市会議長、静岡県会議長、清水商工会議所会頭、貴族院議員等を歴任したが、1940年に58歳で死去した[2][3][4][5]

脚注[編集]

  1. ^ 名誉市民 - 静岡市
  2. ^ 「鈴木与平」日本人名大辞典+Plus
  3. ^ 「鈴木 与平(6代目)」日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)
  4. ^ 「鈴木与平死去(58歳、㈱鈴与商店社長、貴族院議員)」東京朝日新聞1940年5月2日
  5. ^ 「静岡の産業をつくった人々⑦」静岡商工会議所

参考文献[編集]

  • 清水市教育会編刊『六代鈴木与平伝』